いにしえの少女バルイェット

パトリシア・ライトソン作
百々佑利子訳/岩波書店刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 オーストラリアの先住民アボリジニの知恵をうけついだ歳老いたミセス・ウィレットは、部族の豊穣の地で儀式を行うために、山のふもとを目指していた。今ではその土地はからっぽで、ミセス・ウィレットは儀式のやり方を知る最後の一人だった。その車に、十四歳の白人の少女ジョーが隠れていた。幼いころからよくミセス・ウィレットに面倒をみてもらっていたジョーは、山のふもとに友達の少年テリーがいることを聞き、こっそりついてきたのだ。
 だが少女の悪気のない企みを知った老婦人は激怒し、とりわけジョーがテリーとその兄ランスと一緒にいるのを見た時には、ひどく取り乱す。ジョーは知らなかったが、この山には古の少女バルイェットの霊が住んでいた。美しい娘だったバルイェットは、二人の青年と同時につきあい、そのために義兄弟だった二人が殺しあった。部族の人々は掟を破った彼女を山に置き去りにした…。ミセス・ウィレットは、「少女と兄弟」という取り合わせが、バルイェットの霊を刺激し、災いを呼ぶのではないかと、心底恐れていたのだ。
 案の定、ジョーはバルイェットの姿を見るようになり、山に囚われそうになる。だがジョーは彼女に同情する。「いろんな男の人とつきあってみなければ、恋をするってことがどんなことかだって、わからないじゃない?…普通の女の子なら誰だってするようなことをしただけじゃない。バルイェットを置き去りにするなんて、一生一人ぼっちだなんてひどい!」ミセス・ウィレットは答える…「掟は、家族が殺されたり危ない目にあったりしないためのもの。何も不足はないのに遊び半分で掟を破ったバルイェットは、分別がなかった」。 『いにしえの少女バルイェット』に登場する少女と老いた女性の対比は、人種や信じるものの違いだけでなく、どこの国や文化でも見られる若者と大人の差を鮮やかに表しています。「若者は大変だ。大人っぽい格好をし、責任を負おうと気張り、まわりの老人を追っ払おうと闘い、突然若さにつきものの弱さに直面する」「年寄りって弱々しいから、ついかわいそうに思ってしまう。だけど、そう思ってると、ひっつかまれ、しがみつかれるのよ…歳とった人たちって、ねたましいのよ、あたしたちが若いから」。そしてこの本の最大の魅力は、十代のある一日に、 波にさらわれるようにして多くのことを理解し、ふいに大きく成長する少女の姿を、生き生きと捉えていることでしょう。バルイェットを巡って、今までなついていた大人と激しく対立し、恋や孤独を知ったジョーが、はじめは心ひかれた不良っぽい大学生ランスのことを、数日後には「背が高いだけじゃない」と喝破する場面は、痛快です。
 また、それほど異なった二人の女性が、反発しあいながらも次第に互いのものの見方を理解しあい、孤独な少女の霊を救おうと力を尽くす姿には、オーストラリアを故郷とする白人である作者ライトソンの希望が、託されているようにも思えます。(上村令
徳間書店 子どもの本だより2000/05.06
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