いっぱいいっぱい

トリッシュ・クック作 へレン・オクセンバリー絵

木島始訳 ほるぷ出版


           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 先日、イギリスの人気絵本作家へレン・オクセンバリーが、ちひろ美術館を訪ねてくれました。オクセンバリーといえぱ、前回紹介したジョン・バーニンガムの夫人。
 夫婦そろって、絵本作家というのも大変だろうなと思うのはいらぬお節介というものでしょうか。実際、彼女の絵は、夫君バーニンガムの影響大。どこか似ています。柔らかい線、淡い色使いなど。何より、子どもへの深い愛情、家族愛、自然への憧撮といったテーマはふたり共通のものです。
 けれど、子どもの姿態、中でも赤ちゃんのしぐさの描写の細やかさは、オクセンバリーならではのもの。女性らしい温かなまなざしで、赤ちゃんの何気ない動きや表情をやさしく的確に描きます。そんなオクセンバリーの新作『いっぱいいっぱい』が近頃、翻訳されました。
 お父さんの誕生日を祝いにつぎつぎとでてくるお客さん。誰も皆赤ちゃんが可愛くてたまりません。抱いたり、キスしたり、踊ったり、取っ組み合いをしたり。おかげでぼうやは大興奮。パーティーが終わっても、寝るどころではありません。それなのに、無理矢理べッドに入れられたぼうやは大いに不満。ついに、ぬいぐるみのクマちゃんとべッドの中でド夕ンバ夕ン、今日一日あったことをもう一度。
 そうなんです。子どもって、お客さんが来た夜は興奮して、ちょっとやそっとでは眠れません。そんな小さい子どもの心が、生き生きと描かれています。画面の右頁にはカラーで赤ちゃんとお客さんのやりとりを、左頁には鉛筆だけで赤ちゃんの姿を、同時進行で描いて、この絵本は作られています。
 赤ちゃんの描写の見事なこと。絵本をのぞき込む姿、片足立ちの後ろ姿、駆け出そうとするその瞬間、ピッと反らせた小さな足の指先まで見事に描かれています。中でも、無理矢理寝かされるぼうやの怒った顔が秀逸。思わずほおずりしたくなるような愛らしさ。並の観察で描ける絵ではありません。赤ちゃんを肌で感じて描いた絵です。
 この絵本、これまでのオクセンバリーの絵本ともちょっと違います。はっきりとした色使いの絵と、要所に入れられた色数の少ない絵。いくつかの画風の変化を経て、彼女は再び初期の画風に立ち戻りつつ、新たな境地を迎えた観があります。
 画風の変化について尋ねると、「少しずつ絵が上手になってきたということかしら?!」とさらりと逃げられてしまいました。絵本作りでは夫唱婦随はないのでしょう。ことバーニンガムとオクセンバリーに関しては、互いに刺激をしあいながら、独自の世界を発展させるべストカップルといえるのかもしれません。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1995/7,8