いたずら子犬ボシャンとボトム

ヴィルへルム・ブッシュ文/絵
上田真而子訳 岩波書店刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 十九世紀には、カリカチュア(戯画)といわれるジャンルが絵本に加わります。カリカチュアは、滑稽や風刺の効果をねらって人物や擬人化された動物の個性を際立たせて誇張的に描くジャンルで、十八世紀のイギリスで盛んになりました。絵本の世界でよく知られたカリカチュアの代表には、イギリスのコールデコットがあり、その伝統を受け継いだ画家にアーティブーニやバーニンガムがあります。例えば、アメリカのモーリス・センダックの作品にもカリカチュアの流れは見て取れますが、そのセンダックが影響を受けたと語る画家に、ドイツのヴィルへルム・ブッシュ(一八三二〜一九○八年)がいました。このブッシュこそ、子どもの本の世界にカリカチュアを登場させた人。そして、「絵が物語る絵物語」という形式を生み出した言われる人です。
 ブッシュは、ハノーヴァー近くのヴィーテンザールという町に、商家の七人兄弟の長男として生まれ、父親の反対を押し切って絵の道に進んだ人。デュッセルドルフ、アントワープ、ミュンへンで絵を学びました。一八五四年に移ったミュンヘンで、「ミュンへンの一枚絵」(ブラウン・ウント・シュナイダー出版)という子ども向けの漫画新聞の発行に加わり、本格的にカリカチュアを描きました。その作品の特徴は、絵に数行の短い言葉を付けただけで、長い説明的な文章を読まなくても、絵を見れば内容がわかるというもの。「絵は、言葉より先に眼に飛び込んでくる」と語り、絵の果たす役割を重視したブッシュならではの作風です。
 その代表作は、ふたりの悪童が次々にいたずらを繰り広げる『マックスとモーリッツ』(一八七○年)。ブッシュは、一貫していたずら小僧の物語を描き、大人の通俗的な姿や小市民的で皮相な道徳観を風刺し、笑い飛ばしました。『いたずら子犬ボシャンとボトム』(一八八二年)もそのひとつ。やんちゃな二匹の子犬が繰り広げるいたずらとそれに翻弄される大人の姿を滑稽に、辛辣に描いています。当時、こうしたブッシュの作品は、子どもたちに害を与えるとして厳しく断罪され、その有罪宣告では「今日の青少年を、至るところで嘆かれるごとく、生意気に、反抗的に、そして軽薄になす、実におそろしい害毒のひとつである」(一八八三年、ハインツ・ヴェーテハウプト・野村法編「べルリン・コレクション解説」(ほるぷ出版)より)と、非難されます。けれど、そんな告発も人気には何ら影響がありませんでした。子どもたちは、ブッシュの作品に、等身大の自分たちを見出し、共感し支持します。この辺り、センダックの『かいじゅうたちのいるところ』登場の顛末にも酷似していて興味深いところです。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本、むかしも、いまも・・・、」1999/10