おばあさんのひこうき

佐藤さとる
村上勉・絵 1969

           
         
         
         
         
         
         
     
 『おばあさんのひこうき』(一九六九年の作品)について、ある母親学級で読書会をもったときそれぞれに出された意見を整理してみると、三つの違った感想にまとめられ、それは、また、これまでに発表されている様々の佐藤さとる論の立場とも一致しているようである。
 (一)肯定派……すっと読めて楽しかった。
 (二)部分否定派……楽しかったけれど、せっかく飛んだんだからもっと冒
    険してほしかった。
 (三)否定派……結末が承服できない。編物の名人として一人であくまでが
    んばってほしかった。
の三派である。作者は常に、「私は、自分がおもしろいと思ったことを、自分の喜びのために書く。」(注1)といった風なことをあちこちで発言しており、「純粋ファンタジーの分野は、作者がその物語の中でだけ成立するあるルールを自分で設定し、そのルールを厳密に適用しながら独特の架空の世界を描出する」(注2)とも語っている。作者の創りあげた世界にすっと入り込め、作者の喜びをともにできる読者に、なぜすっと入りこめ、楽しいかを語ってもらったところ、否定的に読んだ読者が否定している点ときちんと重なり合うことが判明した。素材が身近であること<対>スケールが小さい、編物の極致をきわめたこと<対>名人として続けていってほしい、孫と住めてよかった<対>自主独立を貫いてほしかった、という相反する読み方である。作品批評から離れて、もろに自分の生き方や家庭観を語ることになってしまった。おばあさんと飛行機という組み合わせの着想のよさとか編物をあむ描写より、飛行機を組み立てるプロセスの描写の方にリアリティーがあるなどといった意見ももちろん出たけれども、家庭という小さい世界を切りとる佐藤さとる氏の技術と思想にもっぱら興味が集中 したのである。そこで、ここではこうした読書会の体験をふまえて、神宮輝夫氏の『佐藤さとる論』(注3)を借りながら、私の『おばあさんのひこうき』論を展開してみたい。
 神宮論文では、「空想物語への逃避は、すなわち創造である。作品そのものが現実批判そのものとなり、たたかいの武器となる。空想世界をつくるよろこび、その世界の楽しさは、現実批判を土台に生みだされる作者の理想なのである。」とファンタジーの本質を押えた上で作者の低学年向きの作品を評価している。『だれも知らない小さな国』三部作のような明瞭な今日的アッピールはとぼしいとはいえ、空想の世界を楽しむことの積極的意義とともに、「だが、これらの価値はそれだけではない。『おばあさんのひこうき』のおばあさんは、……引用文省略……あみもののプロで、美しいチョウの羽根の模様を見て、模様のあみ方を工夫する。このおばあさん像には、技術に対する尊敬、創造のよろこびが感じられる。……中略……おばあさんの行動の原則も筋目立ったものだ。せまくて殺風景な団地が、月光の下で美しく見えて、はじめて住んでもよい気持になる。人間味そのままだと思う。」という解釈から「そこで、おぼろげに、佐藤暁の人間、社会についての理想が浮かびあがってくる。人類の英知が生み出した遺産、伝統を継承しながら、個人の尊厳をおかすことなく、自由に平和に新しいもの を創造していく社会―そんな理想が、各作品の底にひめられているのではないだろうか。」という結論が導き出されている。
 第一段でファンタジーの本質をそこに結晶する現状批判と未来へのパースペクティブとしながら、おばあさんが作中で団地の生活を「でもね、あのまっ白で四角い建物に住むのは、どうかねえ。なにしろ、うちへはいるのに、階段を三十も四十も、登らなきゃいけないんだから。」「だいいち私がいったら、せまい部屋がますますせまくなるよ。」と独白している現状をそのままにして、本人が納得して団地にいくのならそれは、人間味あふれる行為であると、第二段でつないでいくのは、全く論理としておかしい。作品に出ている範囲で考えると、このおばあさんは、あんまりすばらしい飛行をしたので、「もう二度と空を飛んでみたいと思わな」くなり、ただの肩かけやセーターを編むのもつまらなくなって、孫のすむ団地に引越していくことになる。現状批判はおろか、未来へのパースペクティブは驚くほど欠除している。おばあさんの冒険が団地まで飛ぶという冒険であったので、完全に終決した物語にするのは困難であることは了解できるが、飛行の素晴らしさを作者が語れば語るほど、読者は、おばあさんの行為の意味や編物を何十年かして営々と生きてこられたおばあさんの人生を思ってしまう 。なぜファンタジーを書くのかという問に対して、作者は、「表現としてすばらしい自由がある。」(注4)「他人の力の及ばない自分だけの世界を作って、その中で作者の私は一種の支配者になる。私は生殺与奪の権を握っている。」(注5)と述べているが、おばあさんが編物による創造の喜びを語っていた前半が奇妙に白々しい。「私たちといっしょに暮しませんか。いつまでも年寄が一人ぼっちでいるのは、心配でたまりません。うちの人もそういいます。」という娘さんからの手紙の答としての結末ということになるのだろうが、これが神宮論文でいう作者の人間、社会についての理想だということになるらしい。「人類の英知」というのは、かなり大げさすぎるレッテルに思われるが、敗戦によってわれわれが獲得しえたものの中で、平和な家庭という存在は大きい。人によっては、マイ・ホーム主義という言葉を否定的ニュアンスで使うこともあるが、佐藤さとる氏の場合には、自由に自分だけの世界を構築するにただたった一つ守るべき価値の拠り所として家庭が描かれてくる。幼年文学の中に見事なマイ・ホーム主義の肯定がみられる。そしてその肯定の姿勢は確かに戦後生じた新しい価値であ った。そして現実に核家族化ということがおじいさん、おばあさんの人生を取り残して進んでいくことになったのである。『おばあさんのひこうき』では、親と子がともにくらすという家庭主義的解決をもってきてしまったので、新しい革袋に古いお酒を入れてしまったような感じで勿論それは、神宮氏のいう「新しいものを創造していく社会」を指向しているとはいいがたい。さりとて、読書会で出た「個人的にもっとがんばってほしかった。」という願いを作者がかなえて団地のくらしも美しいが、田舎での一人ぐらしも捨てがたいとしても現実批判にならないようである。
 何故か。
 この作品のなかでは、おばあさんは、最後までおばあさんという符号のような存在でしかなく、おばあさんのこれまで歩んできた人生の重味が全く感じられないところにその原因があると思われる。編物が好きで好きでたまらなかったからしてきたというおばあさんに編むことで生活がかかっていたのか、かかっていなかったのか、どうして一人ぐらしをしているのか、名前は。作者の自分だけの世界をつくりあげる道具としてのおばあさんは、どんな風に動かされても語るべき人生も現実もないのに、批判的人物になりえる筈がないのである。ファンタジーをたたかいの武器にするためには、現実認識が必要であるし、そのためには歴史観をきちんと持つことが必須条件となっているのである。『おばあさんのひこうき』をはじめて読んだときすぐ比較してしまったのは、フィリッパ・ピアスの『コクルばあさんのネコ』(一九六一年の邦訳では『おばあさん空をとぶ』文研出版)である。空をとぶことにおいて同じでも他はすべて逆になっている作品である。ロンドンの町中のアパートの八十四段も階段をあがってやっと辿りつける部屋にピーターというネコと住んでいる一人ぐらしのおばあさんが主人公 。ふうせんを売ってくらしているが、新しい魚が買えないためネコに家出されてしまい、ネコに会えないとなると階段をあがるのがつらくなり、だんだん元気をなくしてしまう。けれども生計のためにふうせんを売りに町に出なければならない。ある風の強い日、体重のかるくなったおばあさんは、空にとび上がってしまいテームズ川の上を海にとばされていく。ロンドンの町を出たことのなかったおばあさんは、雲にのって空の旅を楽しみ、やがて海に落ちるが、落ちたところが若い漁師のつり船の上で、そこに魚の魅力で住みついたネコのピーターに再会するが、二人(?)とも知らないふりをし、おばあさんは、若者の家事を引きうけ、若者とピーターが漁に出ている間は、今度は海岸でふうせん売りをするようになって終る。
 風船で空を飛ぶという着想は珍しくもなんともないし、おばあさんとネコという組み合わせも陳腐そのものである。しかし、そこには、おばあさんのくらし、人生、幸福観がくっきりと描かれていて「コクルおばあさんはロンドンの町かどより、ここのひろい道のほうがすきでした。」という結末は説得力がある。
イギリスのファンタジーにいまも学ぶ点があるとすればこうした人物づくりのリアリティーの創造のしかたであろう。おばあさんという漠然とした記号、類型化から出て、何十年か人生を経たと感じさせる描写力が望まれる。神宮論文が、第一段で、イギリス流のファンタジー理論をもってきながら第二段で、大ざっぱないいかたをすれば、戦前から日本の児童文学が脈々ともっているような満月で照らした静かで美しい風景という美的心情世界を容認してしまったために、第三段階の結論が有効に結びつきえないのである。
 次に以上のような論旨を、『おばあさんのひこうき』前後の作品にもあてはまるかどうか見ていきたい。一九六八年の『マコトくんとふしぎないす』では、踏み台代りに使っている古い何でもなさそうないすが実は、いすにのって願うと一度だけはかなえられるふしぎないすで馬になったり象になったりする。あるとき、遊びで二階家にしたら、そこにいすにとりついている鬼が出てきて、「なにかにとりついていないと、生きていかれなくなってしまった」と悲しんでいて、「それで、わたしのなかまも、ほとんどはものといっしょにきえちまった」というなげく口から戦争による被害が語られ、本当にかわいそうなのはお前たち人間なのだと語らせる。そしていつも使っているものにとりついていないといけないとも語らせる。そうした大切ないすの秘密をマコトくんは妹にもいわないで「ぼくの子どもだけにおしえるんだ」といって物語は終る。まさに一子相伝の秘密ではある。いすにとりつく鬼は、いわば先祖から伝えられた物のたましい霊のように描かれている。もともとたいした力はなく、悪を行わないという弱い鬼は、戦争をくぐり抜けて生き延びたしたたかな鬼ではない。かろうじて父親から 息子へ、息子から孫へと秘密裡にささやかれるところで生きている。秘密をもつということは、人間の成長につながってくる事柄だと思うのだが、ここでは、それほどの強さがない。一子相伝を一つのいすに託しているのは、何げなく使っており普段まわりにころがっているものにもたましいがあるということだとしても「ぼくの子どもにだけはどうしてもおしえたい」という必然性が薄い。父親の、そしてまた、その父親のへてきた重い歴史を託するには、この作品の鬼では、鬼自身もいっているようにたいした力になりえない。
『おおきなきがほしい』は、『おばあさんのひこうき』の翌年出版された絵本である。絵本であっても「自分が必要だと思う事柄は全部書きますよ。」(注6)と座談会で作者自身が語っておられるので一つの短篇としてみたい。この作品は、はっきりと、神宮論文でいうファンタジー論では入れきれなくなってしまった作品である。かおるという男の子が、大きな木がほしいと思い、その木の使い方を絵を書いていくストーリーで、大きな木の上に自分の家をつくり、リスの家や鳥の家や見晴らし台をつくる。父親が帰ってきたとき、その絵をみせると、「そういえば、おとうさんもむかし、かおると同じことをかんがえたことがあったっけ。」と反応するので「そんなおおきなきがあったの。」ときくと「いや、やっぱりなかったよ。ざんねんながら」と答えて、二人で小さい庭に、大きくなるという木を植えるという結末になっている。大きい木がほしい、だから植えるといるのだけれども、ここでもはっきりと大きい木になるまでの時間の経過と、そのいのちに対する思いがない。木に家をつくったりするだけなら大きい木である必然性はあまりない。かおるはどうしても今、大きい木がほしいのだろう か。絵にかいて、苗を植えることで解消する願望なのだろうか。かおるの成長とこの木は関連がないのだろうか。このストーリーでは全く答えようがない。
 わが家と、そこから素材をとるというスケールの小ささは、それゆえに、佐藤さとる氏には、何よりも貴重なものであり、戦争によってその小さいものの根底がひっくりかえされてしまった体験からそれを守るべきもの、存続していくものとして、くりかえし幼い人にも語ってゆくのは、それだけで固有の継承になりうるし、一つ一つの家庭を自由で平和なものにすることの大切さは、どんな角度から位相から語られても語られすぎるということはない。しかし、そこに、おばあさんのいのち、いすの位置、木の意味を描写し、深化することなしに「自分がおもしろいと思ったことを、自分の喜びのために書」きとばしてしまったら、新しく獲得した筈のマイ・ホームの意義までも風化してしまい、作者が支配してつくりあげた作品世界の中で、作者の分身が家父として、新家族主義を謳いあげるいつか辿った道のラセン上の延長にある道を気持よく歩いてしまいそうな危険が感じられる。

 引用はすべて『日本児童文学』より
注(1)69年5月号 注(2)68年3月号 注(3)69年6月号 注(4)68年3月号 注(5)69年5月号 注(6)76年2月号(三宅興子)
「日本児童文学」1978/03(特集 佐藤さとるの世界)第24巻 第3号
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