お引越し

ひこ・田中

福武書店1990


           
         
         
         
         
         
         
         
     
 あのー、いきなりですが、だれか「白ネギの豚肉巻き」って料理の作り方を知りませんか?
 このあいだ、ひこ・田中の「お引越し」(福武書店、千二百円) という物語を読んでいたら、そこにこの料理の名前がでてきたんですよ。十一歳の主人公、漆場漣子が、スーパ-で知り合いになったおばさんからこの料理の作り方を教わるんだけど、肝心の作り方が書いていないんですね。漣子は親が離婚したため、母親と一人暮らし。交代でいろんな料理を作るんだけど、なかでもこの「白ネギの豚肉巻き」がやけにおいしそうで…。
 ところでこの漣子っていう子だけど、いやあ、ものすごくきかん気で、とっても魅力的。とにかく親の離婚でしょ。こういうテーマをかかげると、たいてい親の都合で犠牲にされた、かわいそうな子どもが登場するけれど、そういう大人の側の型にはまった同情をはねつけるバイタリティーが漣子にはあるんですね。たとえば、漣子をいっしようけんめいはげます「センセ」に頭をゆすられて、「ワタシ、ムチウチニナルヨ」と独白。そして「私、センセがキョ-シを出るの待ってた。でも、センセが私を追い出した。『お手伝いがあるでしょ』って。上ばきぬいで、バッシュをはいて、少しムカムカレました」ぼくは、こういう気持ちわかるような気がしますけど、それともかわいげがないと思います? それならこの後の独白を引用しましよう。
 「どうして、女の子は、お家の手伝いがカルイカルイなのでしょう。ミノルやったら、オモイオモイなのやろか。センセの言ったことだからどうでもいいけど。でも、センセが話して時、自分がマンガの主人公みたくに思えて、ホントに涙が出そうやった。泣いたらもっと盛りあがったかなって、あとで少しザンネンでした」
 どうですか、これ。大人ならさしずめ、メロドラマのナミダ、ナミダってことになるだろうけど。自分をそんな借り物のヒロインにしないところがいい。
で、この漣子だけど、母親と二人暮らしをするうちに「成長期」っていうキーワードを見つけて、ますます強くたくましくなっていくんですね。
 たとえば「がんばってね、ウルシバさん」って繰り返すだけのワンパターンなセンセは「成長期が終わった」の一言で一刀両断。
 そして本人はというと、べッドの下から汚れた空色のドレスをひっぱり出してきて、それを着てクルクルと回って踊りながら、こんなことを思うんです。
 「ラッタッタッタア。…回っている間も私は成長しているの。森の木は混み合うと成長が悪いと授業で習った。私んチは2だから混み合ってない。私はフツーよりもずっとずっと大きくなれるかもしれない」
 これは正真正銘、元気の出る本です。成長期というのは、子どもの持つ強みだよね、ゼッタイ。
 しかもこの本では子どもの視点から、ぼくらの生き方を決定づける結婚という制度についてけっこうスルドい切り込みまであったりして、成長期の終わった大人にもぜひ読んでほしいものデス。 (小学校高学年向けだけど、大人にもおすすめ)(酒寄進一)
新潟日報 1990/11/21