おじいさんのはじめての航海

大内青琥

理論社


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 ミクロネシアのヤップ本島を構成している小さな島、マープ島の老酋長が全長十二メートルという大カヌーを作り、日本までの一大航海を試みた。だけど、そう簡単にはいかない。なにしろまず杖で大木の根のまわりをやさしくたたいて祈りをささげ、木の霊に「どうか、けがをなさらないよう外にでてください」とお願いをするのに一日。斧で切り倒したりすると自分の重みで木がいたんでしまうので、根のまわりの土をていねいにどけ、根を一本ずつ用心深く切っていくのに一週間。それから「木がそだってきたはやさで」カヌーを彫るのに、さて、何年かかったか、興味のわいた方は、どうぞこの本を読んでみてください。
 これは老酋長の壮大にして遠大な計画をそばでじっとみまもってきた作者のルポ、というか、思い出の記録なのだが、ここにはまさにファンタジーのような世界が写しだされている。それはわれわれの住む世界とまったく異なったようでありながらも、奥深いところでしっかりつながっている世界だ。作者は酋長から、大カヌーを作る記録をとってほしいとたのまれたときに、「なんだか、なくしたものでも、ひょっくりみつかりそうな」そんな気がしたといっているが、それが痛いほどによくわかる。
 そう、忘れ物がトントンと肩をたたいているような気にさせられるとてもいい本なのです。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席 1989/03/12