丘の上の出会い

アンヌ・フィリップ著

渡辺隆司訳福武書店Joy文庫


           
         
         
         
         
         
         
     
 大人は、昔子供だったから、子供のことは理解できると思い込む。そして、昔大人だったことがない子供たちには、それに反論しようがない‥‥。
 この物語にはそうした「理解」はない。
 主人公は十歳の娘コンスタンスと母親のマリー。 マリーは自らの十歳を何度も回想する。でも、「思い出なんてみんな嘘っぱち」なのだ。だから、マリーは自分の感性や思想にコンスタンスを無理矢理合わせようとしない。
 けれど、完全に突き放すのもまだ不安だ。それに、娘コンスタンスも子供扱いはされたくないものの、完全に一つの自我として扱われるのにもまだ慣れてはいない。
 そんな二人の微妙な日々を物語は驚くほど微細に描いていく。しかも母娘を閉ざされた二人だけの世界としてではなく。
 マリーにとって一番自由な時間は娘が眠っている、大人としての時間。
 そして、十歳の子供でも「死」に影に触れることがある。丘の上で出会う老女はコンスタンスに何度もそれを語る。
 人生は閉ざされることなく開いている。たとえ大人であれ子供であれ。当たり前でありながら見過ごされがちな、この真実を物語は静かに描く。 たくさん引用したい箇所がある。一つだけ、「もし振り返るようだったら、あの娘にはまだ私が必要だし、そうしなかったら、私のことなど考えていないことになる。/遠ざかっていき、しばらくして、不意に振りかえるのを見た。/ただ振りかえっただけだ。/そして、ふたたび歩きだした」(ひこ・田中)
産経新聞91/03/04