親指小僧の冒険

ミッシェル・トゥルニエ

石田明夫 訳 パロル舎 1996


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 作者は「新寓話(ぐうわ)派」とよばれるそうだが、この本に収められている七つの話は、寓話ではなく昔話風に創作された話である。だから「その後のロビンソン・クルーソー」のような小説のパロディもある。帰国して結婚したクルーソーは、無人島へ回帰の念やみがたく、妻が死んでから、帆船をチャーターしてもどるのだが、島はみつからない。実は島はちゃんとあったのだが、クルーソーも島も歳をとって、お互いがわからなかったのである。人生の苦味がきいたまとまりのよい作品である。
 「ふたつの庭」は、生まれた子猫カミシャの跡をつけた飼い主の少女がとなりの廃園に入り、楽しいけれど気が滅入り、泣きたいのにうれしい気持ちになったのが恐ろしく、わが家の庭にもどってほっとする。童話という形式が生み出せる奥深い象徴的な意味を含む佳作である。
 「親指小僧の冒険」は、原話の奔放なパロディで、人食い巨人の家に泊まった親指小僧は、巨人から植物界に住む幸福を説かれるのだが、翌朝、巨人はエホバの憲兵に逮捕される。
 フランス童話は、話のあらすじという洗濯ひもの上に思想という洗濯物をさげるような性質がある。「親指小僧」以外の六編はひもと洗濯物のバランスがよくとれていて読ませる。親指小僧の父親がもらう新しい住まいの広さが「六十平米」などとするユーモアのある訳も楽しい。(神宮輝夫)

産経新聞 1996/05/24