海辺の王国

ロバート・ウェストール:作
坂崎麻子:訳 徳間書店 1994.6

           
         
         
         
         
         
         
     
 《男の人の胸の中にはどこかに息子のような世代の少年に、自分の大事な何かを伝えたいという願望がある。彼に息子がいなくても、いやいなければなおさらのこと…。》 何かで読んだ一節だが、九三年に逝去した作者ウェストールはまさにそんな思いをストレートにこの作品に託したのではあるまいか。
 舞台は一九四二年、イギリスの北東部にある海沿いの一帯。激しい空襲で家族(父母と幼い妹)をいっぺんに失なってしまった十二才の少年ハリーが焼け跡を去る場面から始まる。大げさな同情や干渉はたまらない。親類のおばさんの家にでも連れてかれたらことだ。不安や寂しさに襲われながらも警察の目を逃れ居場所を探して歩くハリーは、これもまた飼い主を失ったらしい大きな犬(ドン)と出会う。二人?は助け合い癒し合って一心同体の道連れとなるのだが、ドンと離れたくない一心でハリーは一層“小さな逃亡者”になっていく。
 子どもは、少年はそれほど“自由”を守りたい存在なのだよ、と作者は言っているようだ。自由と背中合わせの危険な旅をつづける中、ハリーは実にいろんな人や困難に遭遇する。そして次第に人の見分け方や、生活するすべを体得し“禍福はあざなえる縄のごとし”、つまり生きつづけるということを学ぶのである。とりわけ印象深いのは砲兵隊伍長のアーチおじさん、教師のマーガロイドさんとハリーの触れ合いであり、互いに求め合う“父と息子”の、ナイーブで、深くて温かい関わりが胸を打つ。
 物語はハリーがマーガロイドさんの養子になることが決まり、ハッピーエンドかに見えたが、死んだと思っていた家族が皆大けがをしながらも生きていたことがわかる。“成長”した息子と“挫折”した父親と。二人の間に横たわる重い問題がつきつけられる。現実認識の深い作者ならではのエンディングに唸った。(上村 直美
読書会てつぼう:発行 1996/09/19