海を渡るジュリア
ヒルクレストの娘たち

R.E.ハリス

脇 明子訳 岩波書店 1992


           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 イギリスのサマーセット地方の小村ヒュイッシュ・プライオリに住む4人姉妹の物語「ヒルクレストの娘たち」の第3巻。両親を相次いで亡くし、力を合わせて自分たちだけで生きていこうとするたくましく個性豊かな4人姉妹のそれぞれの青春を描いたこのシリーズは、いわばイギリス版『若草物語』である。その構成はユニークで、現在執筆中の第4巻までの各巻は、第1巻が末娘セーラを、第2巻が長姉フランセスを、第3巻は次女ジュリアを、そして第4巻は三女グウェンをそれぞれ主人公とし、それぞれの視点から見た出来事が語られる。主人公や視点が同じで時代が次第に移っていく多くの連作ものとは違って、このシリーズでは少なくとも第3巻まではほぼ同時代の出来事を異なる視点から描き出している。そのため読者は一つの事件を多面的、立体的に捉えることができるだけでなく、同じ事柄に対して示される立場や個性の違いによる様々な反応の仕方を楽しむことができる。
 本書第3巻は、1910年、母の死から3ヶ月たった頃から物語が始まる。絵のすばらしい才能に恵まれた姉は家を離れて美術学校に通い始める。家事が得意なジュリアは、姉の留守中の家事や妹たちの世話を引き受け妹を支える。その間、後見人のマッケンジー氏の次男ジョフリーと知り合い互いに魅かれる。優秀で立派で常に周囲から注目されている兄を持つジョフリーにかすかに漂う羨望と邪魔者にされた者の辛さが、才能豊かでまばゆいほどの姉の陰で目立たずに生きてきたジュリアの琴線に触れたのだ。
 ジュリアは、自分と同じ美術学校に進学しろという姉の勧めを拒み、パリのアトリエで自由に絵の勉強をする計画を密かにたてる。ところが第一次世界大戦が勃発し、その計画は没になり、その代わりジュリアは義勇医療部隊の看護婦に志願してフランスで負傷兵たちの看護にあたる。その間前線に赴いていたジョフリーと互いの短時間の休暇などを利用して密会し、二人の愛は育まれ結婚の約束をする。 しかしその後、非情なことにジョフリーは戦死する。
 数年後、戦地で重傷を負ったジョフリーの兄ガブリエルの看病にフランセスがダブリンに出向く。ジュリアは二人の様子を知りたくて、軍の医療士官エリオット少佐という人物に手紙を書く。これが縁で後にジュリアはエリオット少佐と結婚する。 そして12年後、夫との関係は新鮮さを失い、二人の子どもたちも成長してきて、ジュリアは自分の存在意義を見失いかけている。そんな折り、夫の留守に久しぶりにヒルクレストに里帰りしたジュリアは、そこで姉夫婦から死ぬ直前のジョフリーの様子を知らされ、長いこと心の中でくすぶっていたジョフリーへの思いを整理する。そして夫と再出発してみようと決心する。
 才能豊かな姉の陰にかすみながら常におとなしく、一見平凡に生きてきたように思われていたジュリアの、実は波乱に富んだ青春。それを気丈に生きぬき、これからも現実を真正面から受けとめて努力していこうとするジュリアのたくましさが胸を打つ。特に最後の場面でジュリアが思う「しっかりした未来は、過去を礎としてしか築けないものだ」という言葉が心に残る。
 このシリーズは、当初は4部作の予定であったが、最近の情報では構想がふくらんで6部作になるらしい。楽しみなことである。 (南部英子)                        
図書新聞 1992.10.24
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