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小学校五年生のるいは学校では口をききません。話せないのではなく話さないだけ。事実、家では両親と会話しています。当然のようにるいはクラスで浮いた存在。 谷川くんが転校してきます。仕事で両親がブラジルに行っていて、おばあちゃんの家に住むことになったそうです。彼はるいと違って饒舌。動物学者の父親と世界中を回った経験から、おもしろい話をたくさん知っていて、たちまちクラスの人気者に。谷川君はるいに「ぼくとは話せよ」と言います。それからるいの中で彼は特別な存在となる。 谷川くん、本当は母親が新しい恋人と暮らすのに家を出てしまい、見つかると施設に入れられるかもしれないから、妹と二人で元のアパートにこっそり住んでいます。彼の饒舌は、理想の家族の子どもを演じるため。これは、とてもわかりやすいキャラクターです。 ある時、谷川くんは「ここにいるのに、ここじゃないっていう、そういう気持ち」になったことがないかと、るいに訊きます。「ああ・・。ある。いつも。そういう気持ち」。彼女は学校から帰ると自分の部屋で、「まっ暗な宇宙にうかぶ地球」のビデオ映像をみたり、ベランダから望遠鏡で宇宙をみたりしています。そんなとき「星が空にういているのか、地球にいる自分が浮いているのかわからなくなりそうだった」。自分のいる場所や位置がわからない、いや自分の存在が希薄に感じられる瞬間をるいもまた何度も経験しているのです。ただし谷川くんの場合は、親から捨てられた(わずかな生活費は届けてくれますが)ため、「子ども」としての自分のアイデンティティが揺らいだからです。が、るいにはそうした背景はなく、なぜクラスでは話さないのかも、物語ははっきり述べてはいません。というか、はっきりした具体的な理由もなくコミュニケーションしないるいを描いています。ただただ「ここにいるのに、ここじゃないっていう気持ち」を抱えている子どもです。谷川くんは、その問題の所在が見えています。彼が属する家族にあります。でもるいのは見えない。ということは、るいの抱えている(抱えてしまった)問題は、家族ではなく、この社会にあるといっていいでしょう。子どもがこれまでのような子どもではいられない社会・・・。 物語は、母親からの仕送りが途絶えたために施設入りを決意した谷川くんが去り、彼のことは大人になってもずっとおぼえていたいとるいが思うところで、かろうじて幕を閉じます。でも、本当に谷川くんはいたのか? との疑問は残ります。彼は、るいが「ここにいるのに、ここじゃなっていう、そういう気持ち」の出所を具体化するために仮構した存在では? 「うそじゃないよ」ってるいは言うかもしれませんが。(ひこ) (徳間書店 「子どもの本だより」2001.10) |
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