薄紅天女

荻原規子作

徳間書店 1996

           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 『空色勾玉』『白鳥異伝』につづく、荻原規子の長編ファンタジー『薄紅天女』が出た。古代日本を舞台にし、力を持つ〈勾玉〉をめぐって展開された重層的な物語は、この作品をもち、三部作として完結を見たのである。 
 しかしながら、作者もあとがきで述べるように「これは独立した物語」であるのかもしれない。 
 神代の時代を描き出した前二作にくらべ、八世紀の末、長岡京の時代に舞台を移したこの作品では、〈輝〉と〈闇〉、天つ神と国つ神の力のせめぎ合いという大きな流れが、驚くほど薄められている。 
 そして、代わりに、そうした時代を生きる人間たちの、魅力的な個性が鮮やかに描き出されていくのである。 
 共に主人公と呼ぶにふさわしい、二人の少年、阿高と藤太。伊勢の斎宮にかくまわれることを拒絶し、男の身なりで自らの運命を切り開こうとする皇女苑上。想い、待つことで藤太を助ける千種。と、そうした人物を列挙し出したらきりがない。
 都を騒がす物の怪の話や、勾玉の力によって超越的な力が爆走するスペクタクル・シーンなど、ファンタジー好きを喜ばせる展開の中で、それぞれの登場人物たちの生きようとする意志が、そして、それを支える愛が、みごとに浮かび上がる。
 本の厚みを全く感じさせず、一気に通読させてくれる物語である。(甲木善久)
産経新聞 1996/09/27