がんばれへンリーくん

べバリイ ・クリアリ

松岡享子訳
学習研究社 1950/1968


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 これは、一九五○年に原題『へンリ-・ハギンズ』として出版された低学年向きの作品である。主人公へンリーとその飼い犬アバラーを中心にしておこる家庭と学校でのごく日常的な事柄を連作として語る形式でつくられている。
 はじめは、三年生で八歳のへンリ-が迷い犬のアバラーと出会う話。偶然に雑種犬に出会ったへンリーは、首輪をつけていないその犬を飼いたくなり、家までバスにのせていこうとするが、規則で拒否される。そこで一計を案じて、犬を紙でくるんでひもをかけてバスに持ちこむ。はじめはまことにうまいぐあいにいくのだが、犬が動いて紙が破れて計画は失敗する。
 この出だしのエピソードでもわかるように、へンリーがしでかすさまざまな事件や出来事は、どれもみな小学校三年生がいかにも考え出しそうな着想であり行動である。作者はいっている。。
「私は図書館の本棚に目を通して、私がいちばん読みたい本、近所に住んでいるような子こもたちのことを書いてある本、読んで笑える本をさがしましたがみつかりませんでした。私が書く物語は、子どものとき私が読みたかった物語です。そして、私は、読書とは人生のお楽しみの一つであって、学校でしなくてはならないこととはまったくちがったものだということに気づくという経験を、子どもたちにも、私とおなじようにしてもらいたいのです。」
 たしかに、この連作は、いわばだれでも読める楽しさがいっぱいある。グッピーを飼えばやたらにふえて、部屋中が子どものグッピーを入れた小びんだらけになる。友だちのフットボールをなくしてしまったために、ミミズをとるアルバイトをすれば、当然ミミズは二度と見るのもいやになる。
 子どもたちに、この物語が人気があるのは、一つには、自分がやりそうな失敗やら、考えつきそうな思いつきの面白さにその理由があることはもちろんだが、もう一つ、へンリーの世界の不変な安定性をも見のがすことはできないだろう。へンリーの行動に適当にはらはらしてくれる母親と、男の子を理解してくれる父親がいて、ちょっと年上で、適当に親切で適当にいばりやな友だちや、どこにでもいるような平凡なぺットたちがいて、さらに、万事がおわりよければすべてよしといったふうに結末がつく世界。子どもたちは、まるで自分の家にいるような気分で、しかもほんのすこし現実よりもものごとがうまくいくこの物語に、心の安らぎをおぼえるのではないかと思う。この本が成功してシリーズとなっていった原因もそこにあるのではないだろうか。
 日本人の読者にとっては、アメリ力的人間像と日本的人間像の対比の上で、さまざまに考えるいとぐちを無意識につかめる興味もあるにちがいない。クリアリーという作家の非
凡な点は、簡潔な筆で人物を個性的にえがける才である。例えば、

「ぼくは、そうです。」
 ヘンリーは、カのなく、ような声でいいました。
「ぼくが、そうです。」と、リンゴをもったおばさんがなおしました。
 この人は、ながいこと学校の先生をしていたので、子どもがまちがったいいかたをすると、なおさずにはいられなかったのです。

といった場面は、ひとりの婦人をあざやかに浮き彫りした上に、情景を生きたものにしている。そして、こうした細部への注意力に支えられた人物たちが、いつのまにか生活の論理やしきたりを語りかけ、考えさせてくれる。へンリーの両親は、子どものしでかしたことに直接介入しない。他人に損害を与えれば子どもに弁償させる。アバラーの元飼主があらわれたときの子どもたちの問題解決法もフェアな精神とは何かを示している。そして、なによりも、へンリーはいかにもアメリ力の男の子だ。彼はクリスマスの劇で、パジャマを着て、おやすみなさいのキスなどをする役をふりあてられて閉口する。そこには、マンリィであることを誇りとするアメリカの男の小型がまぎれもなく存在している『二十世紀の児童文学作家』(1978)の中で、クローディア・ルイスは、へンリー・バギンズの本も、同じ作者によるもう一人の主人公であるエン・ティビッツの本も、中産階級の白人家庭の子どもたちばかりを書いているし、おかあさんも学校の女の先生もステロタイプだと反論する人がいるかもしれないが、やはりクリアリーは何千何万のふつうの子どもたちが共感
できる生きた子どもたちをえがいているといった趣旨のことをのべている。
 たしかに、このヘンリーくんの世界は、すでにやや古風になり、人種差別とか、今日性といった観点から新しがって批評すれば、いろいろと欠点をあげつらうことはできよう。また、ある一つの思想の伝達といった見方からすれば、文学性がないという人も出てくるだろう。だが、ヘンリー・バギンズは、白人社会の子であり、きっすいのアメリカ人である以上に、世界中の小学生と共通する部分をもちえた男の子なのである。さらに、大切なことは、多くの子どもに楽におもしろく読めるという魅力である。子どもの文学は、まずそこからはじまるといってもさしつかえないと思う。
ヘンリー・バギンズのシリーズは、『へンリーくんとビ-ザス』(1952)、『へンリーくんとアバラー』(1954)『ヒーザスといたずらラモ-ナ』(1955)など
ハ点が学習研究社から出版されている。(神宮輝夫)
世界児童文学100選 偕成社1979/12/15