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表紙だけ見ると、ありふれた電車の絵本? そう思ってページをめくる。 「おきゃくさんがのります ぞろぞろ ぞろぞろ」 さすが西村繁男である。駅のホームで電車に乗り込む客たちの服装やしぐさや表情が丁寧に描き分けられていて、さまざまな会話が聞こえてくるようだ。 電車は「がたごと がたごと」と市街地を抜け、田園地帯を走り、山の中に入っていく。場面のそれぞれに物語が感じられる。それがこの画家の絵の魅力だ。で、つぎのページ。「おきゃくがおります ぞろぞろ ぞろぞろ」 もうびっくり仰天。いつのまにか、みんな動物の姿に変身しているのだ。そこでまた最初の場面を見直す。読者は、どの人がどの動物に変身したのかを探すことになる。これがまた、なんとも楽しい。最初の場面の描き込みが、ここで生きてくるのだ。憎いばかりに計算された仕掛けでもある。 また駅で客が乗る。「がたごと がたごと」トンネルを通り、奇妙に幻想的でシュールな場面を走り抜ける。前と違って、変だなという怪しげな気配が増幅されて期待も高まる。すると今度は、みんな奇天烈(きてれつ)な妖怪(ようかい)に大変身。それでまた駅で客が乗り、電車は「がたごと がたごと」走り出す。読者の気分も、「がたごと がたごと」と揺り動かされる。何度も何度も楽しめる、サービス満点の変身がたごと絵本である。抑制されたシンプルな文章の繰り返しも効果的だ。 (野上暁)
産經新聞99.05.18
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