げんきなマドレーヌ

べーメルマンス

瀬田貞二訳 福音館

           
         
         
         
         
         
         
    
 パリの、つたのからんだある
 ふるい やしきに、
 十二にんの おんなのこが、くらしていました。
 二れつになって、パンを たべ、
 二れつになって、はを みがき、
 二れつになって、やすみました。

 歌うようなリズミカルなことばが小気味良い『マドレーヌ』のシリーズは、なんとも酒落た絵本。伸びやかに軽やかに走る線も、ちょっと大人っぽいシックな色合いも素敵です。
 パリの片隅の小さな寄宿舎で暮らす十一人の女の子と、元気いっぱい、何をしでかすかわからない、 いちばん小さなマドレーヌのお話。実際、マドレーヌは散歩の途中で大きな川に落っこちたり、サーカスのジプシーと一緒に旅をしたり。子どもに深い理解を示す修道女ミス・クラべルも、さすがに大変です。
 作者のべーメルマンスは、一八九八年、オーストリア領チロル生まれ。子ども時代は、両親の離婚、なじめない寄宿学校生活、叔父のホテルでの見習い暮らしと、決して恵まれたものではなかったようです。
 暴力事件を起こし、国外追放のようにしてアメリカに渡ったのが十六歳の時、一九一四年のこと。彼が当時、愛読していたJ・ F・クーパーの小説からイメージしていたアメリカは、未だインディアンが暴れ回る未開の地。渡米に際して身を守るために拳銃を一挺携えたといいます。
 決して要領がいいとは言えないこの人のこと、見知らぬアメリカでの苦労は並大抵ではなかったでしょうが、様々な仕事をしながら、独学で絵を学び、描き続けます。実際、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけてのアメリカは、たくさんの移民を受け入れ、多民族の文化的な交流と融合を生み出す、子どもの本の世界でも文字通りの「黄金時代」でした。
 べーメルマンスを評して、「絵本のデュフィ」と言う人もいます。確かにふたりは同じ時代を生きた人。正確な描写にこだわらない自由な開放感と、画面の上を快く走る線はしかり。色感にも通じるものがあります。なのに、何かが違 う。べーメルマンスの中には、かすかな寂寥を感じるのです。
 マドレーヌといっしょに駆け回り、泣いたり、笑ったりしているときには気付かない、ほんの小さな寂しさ。それは、もしかしたら作者の子ども時代の孤独な心が、投影しているのかもしれません。それとも、子どもが本質的に持っている小さな孤独なのかも。
 いずれにせよ、この「ほんのかすかな寂寥」が彼の絵に巧みなかくし味として働き、その魅力をより複雑で少し大人っぽいものにしているように思えます。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1996/3,4