ザ・ギバー ─記憶を伝える者─ 

ロイス・ローリー 作
掛川恭子 訳 講談社 1995.9

           
         
         
         
         
         
         
     
 十二才の職業任命儀式で、ジョーナスは「記憶を受けつぐ者」に選ばれる。翌日から「ザ・ギバー」、即ち「全ての記憶を伝える者」から記憶を受けつぐ訓練を受けることになる。ジョーナスの体験から、このコミュニティーが私達の住む二十世紀の社会とは異なる世界であることがわかってくる。何世代か前にどのような理由からか、今までの生活形態が否定されたのだ。次々に不安を重ねていく語り口に乗って一気に読み進んでしまうが度々使われる「リリース」という言葉の意味をジョーナスがビデオで知る場面は衝撃的だ。あの優しい養育係の父が赤ん坊を毒殺し箱に入れ、ダスターシュートにバイバイと笑顔で放り込んでしまったのだ。
 一年近く、消し去られた世界が持っていた記憶を体で受けとめるうち、コミュニティーの異常さにいたたまれなくなったジョーナスは脱出を決行する。彼が連れ出した赤ん坊ゲイブリエルと共に橇(そり)で光あふれる色彩の世界へとぐんぐん滑りおりるラストは、思わず拍手をしてしまう映像的なシーンなのだが、このあと果たして彼らを待ち受けているものはと、少し不安にもなってくる。
 一瞬、彼等は私達の住む現代に入ってくるのだと錯覚し、それで不安になるのだが、それは、全ての無駄を排除し、一つの価値判断に依って個人が管理される科学万能の社会、立場の弱い動、植物の住みにくい社会、すでに現在はジョーナスが棄て去ったコミュニティーと同じ路線をとりつつあるのだということに気付かされているからだ。
 彼等の辿り着くのはこの現代ではないのだろう。ジョーナス達の入っていく理想の世界を、実は私達自身が模索していく時なのだよと作者は語っているのだ。
 又、個々の記憶の積み重ねが歴史の継続であるという作者の考え方も興味深い。(千代田真美子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19