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「北の魔法」の幻想的雰囲気に心ゆくまで浸った。この作品には、「寒い冬、深い雪、木造の暖かい家といったポーランドのおじの話に、大好きな北の民話をまぜあわせ、それにロシアやポーランドの民芸品のあざやかな色をそえてみた」と、作者のスーザン・プライスは言っている。 物語は、カシの木につながれた物知りの猫によって語られる。冷たく暗い冬が一年の半分をしめる北の国。冬至の日に、魔法使いが生まれたばかりの女の赤ん坊を連れていった。魔法使いの老婆は、言葉と文字と音楽の魔法を教え、赤ん坊を一人前の魔法使いに育てあげる。名前はチンギス。立派な魔法使いなったチンギスを憎む魔法使いがひとりいた。北のはてに住むクズマだ。 この北の国を、残虐非道なギドン皇帝が治めていた。皇帝にはマーガレッタという、皇帝に輪をかけて残酷な妹がいる。皇帝は世継ぎをつくるため、后をむかえる。しかし、いざ世継ぎが生まれるだんになって、マーガレッタから生まれてくる皇子は皇帝の命をねらうと聞かされて、皇帝は后を高い塔のてっぺんの小部屋におしこめる。后は皇子を生むとすぐに死に、皇子サファは乳母に小部屋の中で育てられる。サファは大きくなるにつれ部屋から出たがる。だが、それを言いにいった乳母は皇帝に殺される。 ここで別々に語られてきたチンギスとサファが結びつく。チンギスはサファの必死の心の叫びを聞きつける。チンギスはサファを小部屋から助けだし自分の弟子にする。国では、ギドン皇帝が死にマーガレッタが女帝となる。マーガレッタは血まなこになってサファの行方を追う。クズマがマーガレッタと手を組む。クズマはチンギスを殺し、サファをマーガレッタにひきわたす。これでサファが処刑され物語は終わりかと思いきや、チンギスが死の世界からよみがえりクズマに復讐をし、マーガレッタの手からサファを救いだす。 幻想的雰囲気をかもしだすのは、まず、舞台となっている北の国だ。いてついた雪におおわれ、一年の半分も冷たく暗い冬が続く荒涼とした白い世界である。つぎに、民話を思わせる遠い世界だ。きらびやかな宮殿、権力に目のくらんだ、思いきり残酷な皇帝と皇女、簡単に首をはねられる人々、奴隷、魔法使い。そしてそこは五百年たっても変わらない世界だ。 さらに、「北の魔法の物語」と副題も示すように、忘れてならないのは魔法である。ニワトリの脚をもつ家、すきとおった氷のリンゴ、呪いの太鼓ゴースト・ドラムと、魔法には幻想的なイメージがいっぱいだ。ともすればうそっぽくなりがちな魔法だが、チンギスが修行する三つの魔法には説得力がある。言葉の魔法、文字の魔法、音楽の魔法だ。 この魔法を駆使するチンギスとクズマの対決は圧巻だ。チンギスの魔力を封じるためクズマのうみだす兵士は、トランペットを吹き鳴らし、叫び声をあげ、鈴を鳴らす。殺されたチンギスは死の世界からぬけだすため、すでに死んでいた育ての親の老婆と后と乳母の力を借りる。三人はチンギスやサファが忘れられず、まだ死の世界の果実を食べていなかったのだ。死の世界をぬけでた四人の心はチンギスの死体を動かし、白クマの毛皮をきたクズマの上に死の斧をふりおろす。チンギスとクズマを描いたカバー絵も、幻想的な雰囲気をよく伝えている。 雰囲気ばかり強調してきたが、チンギスの勇気、小部屋にとじこめられたサファの自由への叫び、権力の座にしがみつくギドンやマーガレッタの恐れや憎しみなど、ファンタジーとして主要なテーマが織りこまれていることは、言うまでもない。ファンタジー好きの人には、見のがせない一冊だ。一九八七年イギリスのカーネギー賞受賞作品。(森恵子)
図書新聞 1991年9月7日
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