ごめん

ひこ・田中

偕成社 1996


           
         
         
         
         
         
         
    
 年末ともなれば、今年の十大ニュースなんてのをやってみたくなるのは人情で、まあ、児童書籍のスクラップを一月から読み直して振り返ってみた。ところが、それなりにイイ本はたくさんあるものの、ずぬけてスゴイ本はほとんどない。十大どころか三大すら選ぶのが難しい。
 確かに、現象面からいえば「21世紀に大人となる君たちへ」というキャッチコピーで発刊された、河出書房新社創業百十周年記念「ものがたりうむ」シリーズなんかは、児童文学の地平を広げてくれる可能性を持った企画として、一つの事件に数えることはできる。しかし、これまで出版されてきた諸作品を見るかぎり、企画倒れの感は否めない。子ども向けを意識し過ぎたあまり、テーマの取り方や表現がかみ砕かれ過ぎている作品がやたらに目につくのだ。
 さて、そんな今年の穏やかな状況にあって、唯一可能性を感じるのはひこ・田中『ごめん』(偕成社)である。男の子のセクシャリティをモチーフとし、その問題をこれまでにはないアプローチで描いた傑作で、僕なら、これを今年のナンバー・ワンに挙げる。ところが、そうした作品でありながら、あまり話題にならなかったのはおもしろい。何とももったいない話だと思うのだが、実は、こうした扱いを受けてしまうのはわからなくはないのである。
 まず、セックス関係のものは、児童書関係者の中では話題になりにくい。しかも、男の子の性である。この業界に関係しているのはダンゼン女性の方が多いのだ。表現の仕方も果敢すぎる。思春期の男の子の心情を説明的に描かず、おチンチン、おチンチン……と随所で書きまくる表現は、まさにアノ時期の男の子の頭の中そのままという感じが伝わり、物語の技法として正当である。が、お行儀のよい書評子にとって、これは書きにくいものだったろう。作品が新しくなっても、それに応える書評をしなきゃ、しようがない。(K)
産経新聞1996/12/27