かあさんのいす

べラB・ウィリアムズ:作、絵 
佐野洋子:訳 福音館書店刊 1984

           
         
         
         
         
         
         
    
 アメリカのある街に、おかあさんとおばあちゃんといっしょに暮らす女の子がいました。女の子には楽しみにしていることがありました。「いすを買いにいくのです。すごくふわふわで、すごくきれいで、すごく大きいのを買うのです。それは、バラのもようがついたビロードが、かぶってなくてはいけません。世界じゅうでいちばんすてきないすを買うのです」。それは大好きなおかあさんが疲れて仕事から帰ってきたときに足をやすませ、おばあちゃんがジャガイモをきるときに腰をかけると鼻歌をうたいたくなるようないすです。
 食堂につとめているおかあさんはお客さんからもらったチップを、おばあちゃんは野菜や果物が安く買えて得した分を、女の子はお手伝いをしてもらったお金を、大きなびんに入れました。ガラスのびんはそれはそれは大きくて、なかなかいっぱいになりそうもありません。でも三人は、「世界じゅうでいちばんすてきないす」を買おうと一生懸命。最初は底に小銭が何枚か入っていただけだったのに、だんだんとたまっていき、とうとうびんはいっばいになります。お札なんて一枚もありません、ぜんぶが小銭です。三人が長いことかかってようやくためたことがよくわかります。そしてこつこつためたお金をもって、一家はいすを買いにいきます。店先でたくさんのいすにすわってみる場面では、女の子はもちろん、おばあちゃんのはしゃいでいる声までが聞こえてくるようです。
明るく、色あざやかなこの絵本には、全編をとおして三人の前向きな姿が描かれています。前の年、住んでいた家が火事で焼けてしまいおまけに決して豊かではないのに、一家は笑顔を忘れません。女の子はいいます。「いすはぜんぶぜんぶ、やけて、ほかのものもぜんぶぜんぶ、やけちゃいました」と。なにももっていない一家が、がらんとした新しいアパートに引っ越すと、近所の人が思い思いのものをもって訪ねてくれます。むかし子どもがつかっていたベッドをくれる人、家じゅうでテーブルといすを運んできてくれる人、きれいなじゅうたんをくれる人、赤と白のしましまのカーテンをつくってくれる人、台所用品をくれる人、さらにはピザやケーキやアイスクリームまで届きます。
 応援してくれるあたたかい人たちに支えられた日々の暮らし。一見生活に必要なものはすべて整ったかのような新しい住まい。でもやはりそこには何かがたりなかったのです。そしてそれは自分たちの力で手にいれなければならないものだったのです。
 窓辺に置かれた「世界じゅうでいちはんすてきないす」。みんなで力をあわせて手に入れた宝物。おかあさんとおばあさんと女の子にようやく落ち着ける場所が見つかりました。(星野博美)
徳間書店子どもの本だより2001.03/04
テキストファイル化富田真珠子