壁のむこうから来た男

ウーリー・オルレプ 作
母袋 夏生 訳 岩波書店 1995.7

           
         
         
         
         
         
         
     
 第二次大戦中、ナチ占領下のポーランドが舞台である。十四才のマレクは義父のアントニーの闇商売(ユダヤ人ゲットーへの物資運び)を手伝い、下水道を往来する。ゲットーの悲惨な有り様を目にし、同時に、下品でユダヤ嫌いな男と思っていた義父がユダヤ人の赤ん坊を救う姿も見る。ある日、悪友に誘われ、ゲットーを脱出してきたユダヤ人から金を巻き上げ、母に知れる。共産主義の地下運動の為、拷問で死んだ実父がユダヤ人だったことを母から告げられ、金を返そうとマレクはユゼクというユダヤ人青年を助け、アントニーに内緒で酒場のコレクさんや祖父母の所に匿う。そこヘドイツ軍に反撃するゲットー蜂起。ゲットーに戻って共に闘うというユゼクをマレクは下水道へ案内する。そしてケットー内での絶望的な戦いへ…。
 ナチス占領時代、ポーランド国内にワルシャワ・ゲットーがあり、ユダヤ人絶滅収容所が多数造られたことはよく知られている。その背景に歴史的にもユダヤ人への偏見、差別が抜きがたくあり、そこをこの作品では説明ではなく、登場人物の言葉や態度で具体的に描きだしている。また、ポーランド国内の複雑な政治状況も語られ、ゲットー内外の迫力ある描写は実写フィルムを見るようだ。
 しかし、物語の主軸は人種を越えた、義父と息子の反目から和解への変化であり、思春期の少年の冒険物語、成長物語として展開する。アントニー他、マレクをめぐる大人たちの、偏見は逃れないが人間性豊かなキャラクター、特に祖母のたくましい庶民のもつユーモアや、ユゼクの死後も寄り添い続けるマレクの優しさなど印象深い。
 自ら子供時代にゲットーや収容所のホロコーストを体験した作者の鋭い目を感じるとともに、その苛酷さを生きぬいた人がなおも失わなかった人間への信頼を読むことができる作品。(高田 功子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19