カエルの王女

イワン・ビリービン絵

佐藤靖彦訳 新読書社

           
         
         
         
         
         
         
     
 ビアトリクス・ポ夕ーとほぽ同時代の画家に、ロシアのイワンビリービン(一八六六〜一九四三)がいます。彼は、ロシア帝国の国立資料編纂所の要請で、国が誇るぺテルクブルグの国立印刷所の石版技術を駆使して、宝石のように美しい八冊の絵本を残しました。
 ビリービンの絵本は、革命後のソビエト時代も、改革後の極めて出版事情の悪い現代ロシアでさえ、リプリントされている。そんなところを見ると文字通り国民的な画家と言えるでしょう。
 このビリービン、ロシアの古都ぺテルブルグに生まれ、ぺテルブルグ芸術アカデミーで学びます。先生はかのレービン。ロシアを代表する、リアリズムの画家です。偉大なるレービンに深く学びながら、ビリービンはリアリズムでなく、伝統的なロシアの民衆芸術と新しい芸術表現を融合させ独自の世界を作り出します。
 ビリービンの絵本は、ロシア民話の世界。『カエルの王女』をはじめ、『イワン王子と灰色の狼』『うるわしのワシリーサ』『金の雄鶏』等々、ロシアの人々がよく知っている物語ばかりです。
 きっちりとした黒い線で細かく細かく描きこまれた絵は、渋く抑えた色彩に彩られます。絵の周囲には、イコン(宗教画)を思わせる装飾的な枠が描かれます。そう、ビリービンの絵には、ロシアのイコンやルボークと呼ばれる一枚絵の伝統、民族衣装に施された絢爛たる刺繍や宝飾作品のデザイン、といったもろもろの要素がふんだんに映し出されています。
 物語の一シーンを見事に捉えたドラマティックな画面も見逃せません。これぞ、ロシアのブーテド・モンヴェル、とでも言いたいような演劇的な表現です。それもそのはず、ビリービンもまた、舞台装置家として活躍した人。そう言えば、ビリービン活躍の時代は、ロシア・バレエが、独創的な舞踊とシナリオと音楽、美しく斬新な舞台衣裳と舞台美術で、世界中を魅了した時代。世界に冠たるロシア帝国末期の爛熟しきった文化は、美術の世界でも、演劇の世界でも、そして、絵本の世界でも、この上もなく美しく賛沢な遺産を残した、と言えるかもしれません。ビリービンの絵本は、移り行く時代に花のように美しく鮮やかに咲き誇り、人々に語り継がれた物語と、絵の持つ芸術性の高さゆえに二度にわたる政変をこえて生きつづけ、今日に残っています。
 では、ロシア民話に決して親しんでいるとは言えない私たちにとっては? いえいえ、やはり、美しい絵本は美しい。装飾性に富んだ画面とともに、何より深く沈んだその色調は気品に満ち、どこかロシアの大地の大半を占める深く暗い森を思わせ、私たちを魅了します。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより5/27号 1998/09