かようびのよる

デヴィッド・ウィズナー

当麻ゆか訳 福武書店

           
         
         
         
         
         
         
    
デヴィッド・ウィズナーといえば、はじめて『かようびのよる』を見たときの衝撃は忘れられません。蛙のグロテスクな姿がクローズアップで迫ってくるように描かれた画面からは、不気味さ故の軽い拒絶感と、押さえがたい好奇心の双方を感じました。自らの少々、際物趣味的な好みだけではいけないと、妙に良識的(?)になった私は、我が娘に聞いてみます。
「この絵本、どう? ちょっと気味悪いんだけど……」
 彼女曰く、「ぎゃはあー! きっもちわるーいーおっもしろーい!」
 火曜日の夜八時、沼地から無数 の蛙が蓮の葉に乗って浮遊し、人知れず街の空を飛び交うという摩詞不思議の珍事件。まるでスティーブン・スピルバーグのSFX映画でも見ているような印象です。
 極端に強調された遠近感と執拗なほどに克明な描写と映像的な画面作りが特徴的。たとえば、ヒョコ夕ンヒョコ夕ンと蛙が帰っていく道を近景にして描いた田園風景の見開き画面の上に、蛙の、浮力を失い落ちていく様子、沼地に飛び込む瞬間、そして、ふてくされて蓮の葉の上でほおづえをつく姿の三つの画面をコマで囲んで重ねて描き、時間の経過を意識させつつ、 ひとつの画面を作っていきます。映画でいうところの、ズームとロング、オーバーラップといった効果を巧みに演出しているのです。
 このウィズナーという人、アメリカン・コミックスやアニメーションや無声映画の影響を色濃く愛けたといいます。なるほど、ちょっと劇画調のこの画面、納得です。こうした特徴は、彼の他の絵本『大あらし』『1999年6月2 9日』(共にブックローン出版)では、さらに顕著。それ故に、いささかうんざりさせられるところがないでもありません。その点でいえば、『かようびのよる』は、コミックス的なあざとさ、どぎつさを持ちつつも紙一重のところで押さえ、超現実的で独創的なストーリーと映像的な画面作りに、リアルすぎるほどの描写でインパクトを高めた、完成度の高い絵本といえ ます。
 ところで、この人の新作が近頃邦訳出版されました。これが、ちょっと、オールズバーグを思わせる、コンテを使ったモノクロームの細密描写。丁寧に描かれた絵は、彼特有の不気味さを含んで、なかなかのものではあるのですが……。うーん、でも、こういうのがウィズナー本来の持ち味なのかしら? いささか、悩んでしまいました。
 彼が本来持っているきわめてわかりやすい、毒々しさを少々含んだインパクト、そのオリジナリティを失わないでいてくれればと、 願わずにはいられません。次作に期待したいものです。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1996/5,6