帰還

ル=グウィン

清水真砂子訳 岩波書店 1993

           
         
         
         
         
         
         
     
18年ぶりにゲドが帰ってきた。竜のカレシンの背中に乗って、テナーのいるゴント島に…。
テナーというのは、第2部『こわれた腕環』で、地下の迷宮にとらわれていた巫女である。ゲドに救い出された後は、このゴント島で、平凡な男と結婚して子供をもうけ、夫の死後は農園を守りながら、いわばフツーのおばさんとして生きていた女性だ。彼女にとっては25年ぶりのゲドとの再会である。
けれども竜が運んできたのは、持てる力を使い果たしてぼろ雑巾のようになったゲドなのだ。
あの強靭な精神力と大いなる魔力とを兼ね備えたヒーローとしてのゲドは、どこへ行っちゃったの?
とまどいながら読み進んでいくうち、ハタと気がついた。ああ、これはフェミニズムの書なのだと。
ル=グウィンは、男たちに優先的に与えられた権利である、力と富と名誉とを、非情にもすべてゲドから剥ぎ取ってしまう。その上でなおかつ、ゲドが男として、人間として、誇らかに生きていく姿を、用意周到に巧妙に描き出して見せる。
そうなって初めて男と女が同じ場所に立ち、女は、「もっとも知恵ある男でさえ教えられなかった神秘をゲドに教え」ることができるのである。これは、また、成熟した男と女の愛の物語でもある。
テナーが救い出して養女にする幼いテルー(後のテハヌー)は、父親に強姦されて火の中に投げ込まれ、半身に火傷の傷跡を負った有色人種の女の子である。(すごい設定!)いわば、弱者の持つすべての要素を一身に背負った彼女が、やがて、自分の力に目覚め、女性では初めての大賢人の座につく運命にあるのも、きわめて象徴的なことだと思う。
もう1冊同じ頃に出版された、『空飛び猫』は、ル・グウィンのものにしては珍しい幼年童話である。「これまで私が愛したすべての猫たちに」と献辞があるところを見ると彼女も相当な愛猫家だったんだ。これはうれしい発見。
なぜか背中に翼を持って生まれてしまった4匹の子猫たち。彼らの新しい世界への旅立ちと、人間の子どもたちとの心の触れ合いを、まるでおばあさんが孫たちに語って聞かせるように、やさしいシンプルな文章で書いている。猫たちへの愛情はたっぷりと注がれてはいるものの、甘い感傷などひとかけらもないところは、やっぱりル・グウィンだ。
券末に村上春樹の訳注がついているから、原書と読み較べてみるのも楽しいかもしれない。(末吉暁子)
MOE1993/08