きもの

幸田文作
新潮社刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 この本は、設定は主に大正時代、発表されたのも昭和40〜43年と「古い」本で、児童文学として書かれた本でもありません。でも女の子が十歳から二十歳くらいまでの間、どんなことを考え、何に困惑し、何を学びながら「成長」していくのか、ということを、「着物」を軸に鮮やかに描き出していて、読み出すとやめられない面白さです。
 物語は、主人公るつ子が十歳前後の頃、「気に入らない着物を破った」と叱られる場面から始まります。末っ子のるつ子は、嫌いな着物を着ると熱を出してしまうようなカンの強い子で、自分でも自分の好みの強さをもてあましています。その時、なるべく嫌なものは着せないからね、と言ってくれたのがおばあさんです。けれどもおばあさんは、るつ子が小学校を卒業すると今度は「どんな着物でも自分でお着」と、びしびしと「着物の着方」を仕込み始めるのです。「不公平だ、お姉さん達は着せてもらってる」と言うるつ子に、おばあさんは「お姉さん達はいい格好ならそれでいいんだけど、おまえさんはいい格好よりいい気持が好きなんだよ。いい気持っていうのは、自分だけにしかわからない」とぴしりと言います。
 叱られると誰でも、ちょっと言い返したくなるもの。そんな時、大人が「ちゃんとした理由」を示すと、子どもは納得できるのです。特に着る物やおしゃれの事は、「なぜ駄目なのか」をはっきりさせづらい、ともすれば「誰に買ってもらうと思ってるの」とだけになりがちな、叱る方も叱られる方も難しい話題です。でもこの物語の大人達は、着る物の事を語りながら、同時に「どう行動し、どう生きるのがいいのか」という自分達の姿勢を、ぴしぴし子ども達に伝えていきます。叱る時だけでなく、装う事の楽しみを言う時も、子どもと同じレベルで「可愛いね」というだけではなく、こんな言葉で表現するのです。
「いい気分だったろ。好きな着物がきられて。多分、一生おぼえてるだろうし、いつ想いだしても、はじめて気に入ったものを着たときのことは、いい気持のものだよ」
 貧しい友達に古着をあげようとして諌められたり、病気の母に新しい寝巻を作ろうとして祖母に負担をかけてしまったり、着物を巡るエピソードの中でるつ子は大きくなり、家族の状況も変わって、物語はるつ子の結婚の日で終わります。それはるつ子が「大人」になる日…これまで「身につけて」きた躾を、自分なりに「着こなす」第一歩を踏み出す日なのだろうと思います。(上村令)

徳間書店「子どもの本だより」1995年9月/10月号
児童文学この一冊「女の子ときもの」
テキストファイル化富田真珠子