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子どもは大人より情報量が少ないという前提が、ある意味で大人と子どもの差を成立させていたのね。だから「子どものくせに」なんて大人の最後の捨てゼリフも、吐くことができた。でも、今は様々なメディアによって、情報は子どもにも簡単に手に入るようになった。つまり、大人と子どもを分け隔てていた大きな要素が力を失いつつある。 それを認めて、去年の十月号から編集方針を転化したのが「小学六年生」。ゴルバチョフやフセインから、ワープロまでの情報を載せた。そして子どもの反応は良かった。この春それを取り上げたマスメディアは、「子どもらしさがなくなった、子ども」とか「大人の受け売りで、本当は理解していない」とか、やっていてなかなかおもしろかった。考えれば大人だって、「ニュース・ステーション」や「朝日新聞」の受け売りをしていたりするはずなのにね。 結局それは、大人が勝手に抱いている子供像に現実の子どもを当てはめようとし、当てはまらないから、大変だと言っているような気がする。 で、そんな時代に出たのがこの本。一瞬、「おっ、ついに子ども向けのぴあが出たか」と思ったけれど、残念ながら間違い。ここには、公園からミュージアム、書店、レストラン。親子連れで出掛けて時間が過ごせるスポット、約七五〇件が紹介されている。「子どもを持った大人向けのぴあ」ってことね。「こどもと花や樹の名前のあてっこをするのも楽しい」公園や、「天気のよい日には本当にここちよい日だまりになるので、こどもといっしょに買物の合間のおしゃべりを楽しんでみてはどう?」の広場や、「ファミコンスペースで、逆にこどもに教えられるのもたまにはいい」玩具資料館や、「勉強とは別に親子で青空の下のんびりとするのもいい」植物園や、「夜の九時まで営業なので、仕事帰りのお父さんと待ち合わせてもいい」遊園地。といったアニュアル的な紹介文を読んでいると、親と子が「親子」を演じることで辛うじて家族が成立するかに見えるが伝わってくる。 妙にせつない。 でも、ぴあに問い合わせると、幸い東京版しか出ないみたいなので(現在は「関西子どもぴあ」が発行されている。1998 筆者注)、ここに連れていかないと親として悪いかなとか、マズイかな、と悩む必要はない。だから、親であるのをひとまず忘れて、この、親と子どもを巡って溢れる情報をじっくりと楽しみながらいろいろ考えてみるのもいいと思うよ。 ただし、読んでいるところを子どもに見つかったら、ゴールデンウィーク、子連れで東京へ行くはめになるかもしれませんので、ご注意を。(ひこ・田中 )
朝日新聞1991/04/27
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