子どもの本の歴史

ピーター・ハント編
さくまゆみこ 福本友美子 こだまともこ:訳
柏書房 1995/2001

           
         
         
         
         
         
         
    
近年児童文学関係の専門書が増加し、大手書店の文学研究書コーナーでは、児童文学の作家論や絵本論、辞典、ブックガイドなどが一般文学の専門書と肩を並べている。だが意外なようだが、本格的な通史はほとんどなかった。その間隙を埋める絶好の本となるのが、今回翻訳出版された『子どもの本の歴史』である。原書はハントを含めた十五人の児童文学研究者が執筆し、一九九五年に出版されている。
全十二章のうち、最初の六章が児童文学の黎明期から一八九〇年まで、続く五章がそこから現在までの英米児童文学発展の記述に充てられ、最終章がオーストラリア、カナダ、ニュージーランド史となっている。それより大きな特徴は、写真とイラストがふんだんに挿入されていることだ。コミックや雑誌はもちろんのこと、子どもの本がイラスト抜きには語れないことを考えれば、これは理想的な形といえる。
外国文学を学ぶ者にとって、文学史は通過しなければならない関門である。児童文学史を学ぶということは、子どもや子どもの本にたいする大人の認識がいつ・どう変化し、どのように本に反映されたかを検証することでもある。評者もこの分野の人間として、ひととおりの知識はあるつもりだったが、さまざまな新発見があり、なんといってもイラストつきでおこなう旅路は楽しめた。
一般に文学史は慎重な表現が多くなりがちだが、本書では必ずしもそうではない。
そのなかで今回筆者が最も注目したのは、帝国主義や大戦にかかわる現在に立脚した鮮明な見解だった。たとえばキプリングが学校小説で物議をかもしたのは、「イギリスの少年教育が本当は大英帝国統治者の養成を主な目標にしているのなら、それに最もふさわしいのは…体制をくつがえす生徒なのだ」と述べたためだという。また、第一次大戦では雑誌やコミックが戦争をこぞって取りあげ、「女の子には男性の大義を支える役目が」与えられ、男の子には英雄がはなばなしく活躍する荒っぽい物語が提供されたが、「今読むといかにも安易である」、という。こうしたフェミニズムやポストコロニアル批評を取り入れた検証はどれも刺激的である。なお一九七〇年以降の現代史はまだ類書が少なく、評価が気になる部分だが、多様性に重点が置かれて幅広く取りあげている分、個々の作家・作品の記述ではやや物足りなさも感じた。
原書と同じ横組みで四八〇頁の訳書は一、四キロを越えるボリュームある本だが、日本語としてとても読みやすかった。また誤植(気づいたのは二個所)および誤訳も少なく(ウェザレルの『エレン物語』を少女恋愛小説と形容したのは明らかなミスだ)、訳者の努力のあとがしのばれる。邦訳データつきの巻末のタイトル索引も行き届いている。欲をいえば切りがないが、事項索引やイラストとの参照表示があればと思った。(西村)
週刊読書人掲載

*西村醇子さんには、隅から隅まで読んでいただき、本当に感謝しています。私たち翻訳者三人も随分いろいろ調べ、間違いのないように目を通したつもりでしたが、大部なものでもあり、誤訳の箇所も出てしまいました。幸い昨年末に増刷になりましたので、2刷では西村さんにご指摘いただいた箇所は訂正いたしました。できるだけ間違いのない良いものにしていきたいと思っておりますので、今後も何かあれば読者の方からご指摘をいただけるとうれしいです。(さくまゆみこ)