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…しょうじに照り返した朝日の光で、タチバナさんは目をさましました。「お、今日はいい天気のようだな…」 こんなふうに始まる物語の主人公タチバナさんは二十歳すぎの若い男性。生まれてから歩いたことがなく、ずっと寝たっきりです。でも彼は「口で歩く」人なんです。つまり、車輪つきのベッドに寝そべったまま道路で待っていて、通りかかった人にどこそこまで押していってくれと頼み頼み、目的地まで行くのです。 この日、タチバナさんは友達の家に遊びに行こうとしていました。自分を閉じこめずたくさんの人に出会うために「百里の道も一歩から」といいながらどんどん散歩するのが彼の流儀。でも気軽に押してくれる人は多くありません。 しぶしぶながらも予備校の所まで押してくれた浪人生。「あんたの体を直してくれる神さまがいるよ」と、あやしげな信心を押しつけるおばさん。家族からボケ扱いされて話相手のないおじいさんや不登校の男の子。「おれたちの税金で食わしてもらってるんだからな」とグダグダからんでくるおじさん。そして、定年で会社をやめてからやっと「人間は支えあって生きているのだ」と気づき、訪問介護をしている上品なおばあさん……。さまざまな人生に出会いながら、車イスの友達上野さん宅にやっと到着。いろいろ心ない仕打ちや言葉もあったけれど、一方タチバナさんを頼りにし、彼に励まされた人もいました。 以前にご紹介した『ぼくのお姉さん』の作者、丘修三さんの新作。暖かいユーモラスなタッチで書かれています。丘さんには我田引水と叱られそうですが、私にはイエスの心に近い物語と思われます。もっとも身近な部分から、隣人と のバリアーを取り除き、一人一人が愛によってつながっていける二十一世紀でありますように。(きどのりこ) 『こころの友』2001.01 |
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