自分のなかに歴史をよむ

阿部謹也

筑摩書房


           
         
         
         
         
         
         
     
 とてもいい本がでた。
 この本の後半は主にヨーロッパの中世を扱っている。大宇宙と小宇宙という二元論的な世界観が、キリスト教が普及するにつれて、すべてを神の摂理としてとらえる一元論的な世界観へと変わっていき、それと同時に、人と人との関係が大きく変化し、やがて西洋文明が形作られていくという流れが、ハーメルンの笛吹き男の伝説や、西洋の被差別民の話など、興味深い事実を検討しながら語られていく。この後半の部分だけでも十分に面白い歴史読み物になっているが、前半は何かというと、これは、ある時期カトリック修道院の施設にいれられていた作者の生い立ちと、「現在とはなにか」ということについての考察なのだ。
 つまりこの本全体で作者が語ろうとしているのは、自分とヨーロッパ中世の研究がどういう関係にあるのか、自分にとって歴史を研究するということはどういうことなのか、さらにいえば、何かを研究するというのはどういうことなのか、ということだ。具体的にはこの本を読んでもらう以外にないが、作者がつねに頭においているのは、「自分」と「現在」である。
 「私にとって歴史は自分の内面に対応する何かなのであって、自分の内奥と呼応しない歴史を私は理解することはできない」という言葉は感動的だ。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席 1988/05/08