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時代が少し前後しますが、後の子どもの本のイラストレーションに大きな影響を与えた画家に、フランスのブーテ・ド・モンヴェル(一八五○〜一九三一年)がいます。その『子どもたち』(一八八六年アナトールラランス/文)という絵本を見ていて、遠く日本の大正時代の童画家たちを思い出すのは決して偶然ではないでしょう。 竹久夢二の後ろ向きの子どもたち、岡本帰一の演劇的な表現、村山知義のデザイン的な画面。往時の童画画家たちには、確かにモンヴェルの面影が見て取れます。そのモンヴェルの最高傑作といえば石版画の絵本「ジャンヌ・ダ ルク」。 十五世紀、イギリス軍に攻め込まれ、滅亡の危機を迎えていたフランスで、「フランスを救い、シャルル王太子をたすけ、王位につけよ!」という神のお告げを受けた農民の娘ジャンヌ・ダルク。彼女は、神の言葉に従って、亡国の危機を救うべく、身を呈してイギリス軍との闘いの前線に立ち、奇跡的な勝利をものにします。けれど、貴族や軍人の妬みや畏怖に囲まれ、また、ジャンヌの「神のみ名にかけた」すさまじいまでの闘いぶりから、最後には宗教裁判で異端とされ、生きながら火あぶりの刑に処されたのです。 ダルクが勇敢にイギリス軍と闘 った地、フランス最後の砦となったオルレアンは、モンヴェルの生まれ故郷でもありました。そんなこともあって、彼は特別な思い入れをこめてこの国民的英雄を描いたようです。「フランスの救い主であり、憂国の聖女であると同時に殉教者でもあった、このつつましい農民のむすめのことを思い出してください」とモンヴェルは熱く語ります。 この絵本の魅力は、しかし、画家の愛国的な思いとは別に、何よりもその美しさにあることは言うまでもありません。王侯貴族の豪華絢爛、英仏戦争のスぺク夕クル、その華やかな舞台で、若き聖女ダルクの純真な清廉さが、この上もなく肌理の細やかな線とどこまでも穏やかな色調で描き上げられた絵は、まるで見る叙事詩。物語の登場人物たちは、まるでお芝居を見ているような演劇的な動きでわかりやすく、また、 その衣装はフランスの伝統的な服飾美で丹念に描かれています。それもそのはず、モンヴェルの一族にはフランス演劇界で活躍した人も少なくなかったとか。彼の芸術的開眼も、根はこのあたりかもしれません。 同時代を生きたケイト・グリーナウェイのファッション性や、ウォル夕ー・クレーンの装飾美等に影響を受けながらも、モンヴェル特有の抑制の効いた気品と洗練の世界は、ひとつの絵本の美の結実といった観があります。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本、昔も、今も・・・、」1997/11,12
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