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コールデコットを知らなくても、世界的な絵本賞コールデコット賞について聞いたことのある人は少なくないでしょう。その受賞メダルには、『ジョン・ギルピンのゆかいなお話』の一場面がレリーフされています。 ランドルフ・コールデコットは、一八四六年、イギリス中部の町チェスターに生まれます。十五歳で銀行員となった彼は、故郷に程近いウィットチャーチという町に赴任し、町外れの古い農家に下宿しました。この時期、暇を見つけては、散策したり、釣りをしたり、時折、スケッチをしたりして、田園生活を満喫したといいます。豊 かな自然、たくさんの動物たち、農園での牧歌的な日常、これらへ向けられた、暖かなまなざしと鋭い観察が、彼の絵の原点となります。 コールーデコットが本格的に絵を描きはじめるのが一八七二年。七五年に出した『オールド・クリスマス』が、彫版家で出版事業家でもあったエドモンド・エヴアンズの目にとまります。エヴアンズという人、ウォル夕ー・クレイン、ケイト・グリーナウェイを擁して、美しい色刷り木版画の絵本を量産し、近代絵本史を開いた人です。画家を発掘する眼にも優れ、コールデコットは先のふたりと並んで、 エヴァンズの出版社を代表する画家となり、一八八六年三十九歳という若さでこの世を去るまでの間に十六冊の本を出しました。コールデコットが、エヴァンズのもとではじめて出した絵本の一冊が、『ジョン・ギルピンのゆかいなお話』。 気のいい洋服生地屋のジョン・ギルピンさん。二十年目の結婚記念日の食事に行こうとへ友人から借りた馬で出かけたまではよかったのですが、突然馬が暴れだし、マントは飛ぶし、かつらは吹っ飛ぶ、おまけに腰に下げた秘蔵のワインは瓶が壊れて流れだし・・・。 ウィリアム・クーパーの滑稽詩を、コールデコットは見事に視覚化しています。猛烈な勢いで駆けていく馬と、必死でたてがみにつかまるギルピンさん。スーピード感のある画面と展開、状況に翻弄される主人公の動転ぶりを生き生きとした躍動感あふれる線でユーモ ラスに描きだしています。 コールデコットが近代絵本史に残した業績の一つが、まさしく、この「絵と物語が一体となって展開していく絵本のス夕イル」を確立したこと。ここに、今日私たちが「絵本」と呼ぶものの原形があります。さらに付け加えるならば、エン夕ーテインメントとして絵本を大切にした点も見逃せません。 かのビアトリクス・ポ夕ーも、毎年、彼の絵本が出るのを心待ちにしていたとか。偉大なる絵本作家の仕事が、次の時代の擾れた絵本作家を育てたと言えます。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本、昔も、今も・・・、」1998/3,4
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