樹上のゆりかご

荻原規子 理論社 2002.05

           
         
         
         
         
         
         
    
 『空色勾玉』に始まる「勾玉」三部作や「西の善き魔女シリーズ」などのファンタジー作品で、圧倒的な人気を得ている作家の最新作である。といっても、この作品はファンタジーではない。有名大学への進学率が高い都立高校を舞台に、揺らぐ少女たちの心模様をミステリアスに描いた、作者にとっては恐らく初めての非ファンタジー系の意欲作である。
 主人公の少女は高校二年生。学校には「名前のない顔のないものが巣くっている」と少女は予感しながらも、それに巻き込まれていくという冒頭から、なにやらスリリングな展開が予想され不気味なのだが、このあたりが作者の巧妙さなのだ。
その高校には、クラス対抗の合唱祭と演劇コンクールと体育祭という三大イベントがある。二年生になった春、ふとしたきっかけで合唱祭の会場でのパン売りを手伝ったことから、少女は奇妙な事件に巻き込まれていく。売ったパンの中にカッターの刃が混入していたのだ。その後も校舎の上から金槌が落下したり、生徒会執行部宛に新聞の活字を切り抜いて貼り付けた脅迫状が届いたり、文化祭準備中の校庭でボヤ騒ぎが起こったり。演劇コンクールで演じられる「サロメ」を巧みにあしらい、自分を振り向いてくれなかったヨカナーンの生首を要求するサロメの狂おしい愛の形を背景に、物語は意外な結末を迎える。不安定な時間を生きる少女たちの現在を鮮烈に浮上させた見事な作品である。(野上暁 産経新聞)