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十九世紀半ばの大航海時代。探検家ルスモアは、ある日波止場で老水夫から面白半分に“巨人の歯”を買う。ところが、その奇妙な模様が描かれた歯は本当に巨大な人類の歯であったのだ。歯の根の部分にはアジアの深奥部「巨人族の国」の地図が…。 物資の調達、持ち物や数量の正確な記述、世界地図で辿れそうな詳しい行程等、リアリティある細部の描写と硬質な文章が十九世紀冒険旅行記の香りを放つ。そうしたリアルさと反対に美しい幻想性に包まれているのが、苦しい行程を経てついに探検家が辿りついた高地に棲んでいた巨人達である。入墨のように全身精密な文様に彩られた巨人達は親切にもてなしてくれる。天空の星に歌い、大地に祈りを捧げる彼らの体の文様は木や花や山や川の図柄であり、刻々と変化する、言わば巨人達の言語だったのである。 作者プラスの細密でカラフルなイラストで再現される巨人の文様はこの絵本の一番の魅力である。数千年生き、自然の営みを肌に刻みこむ姿は樹木を思わせる。巨人は大自然の象徴であり、最後に残されたイノセンスなのである。 欧州に帰って書物を著し、一躍有名になった探検家が再度巨人国を訪れた時目にしたものは、盗賊や悪徳商人に殺された巨人の生首であった。深い後悔の念に苛まれつつ、探検家の手記は結末を迎える。 巨人殺戮に終る悲惨な結末は、現代の森林破壊とリンクして考えることができる。自らの栄誉欲が巨人を殺したのだと探検家は自責するが、むしろ“科学と真実の為”の真面目な追及が作り出した悲劇とするのが妥当ではないだろうか。失われたイノセンス。探検家のように我々も口を噤み、一方で民話伝承を子ども達に語り継ぐことで、神秘性の再建を試みるより他はない。(高田大我)
読書会てつぼう:発行 1996/09/19
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