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振り返ってみると、この作家の登場はじつに衝撃的だった。この作品は、雑誌『月刊MOE』が募集した、第十回月刊MOE童話対象の受賞作なのだが、最終選考に残った九編の中に、同じ作家の作品が三編あったのだ。豊かなイメージを喚起する歯切れのよい文体。子ども読者を意識しないかのようでありながら、しっかりと彼らの内面に食い込む鋭い感受力。この作品は、九〇年代の子どもの文学の可能性を示唆するようにも思えた。物語は、主人公の少年、進の一人称で展開する。 五年生の夏休み、進は雷雨がきそうな人影の少ない市民プールで、片腕だけで奇妙な泳ぎ方をする少年、広一と出会った。その帰りに激しい雷雨が襲い、びしょ濡れになって広一のマンションに逃げ込んだことから、二人は友だちになる。 広一は、ジャズピアニストの母親と二人だけで暮らしているが、その日は旅行中で母は留守だった。彼の父親は自動車事故で亡くなり、一緒に乗っていた広一は、そのときに左腕を失ったのだ。広一も、三歳の頃からクラシック・ピアノをやっていたのだと言い、片手でピアノを弾いてみせる。胸に染みるような悲しいメロディーだった。 数日後、進は広一を訪ねる。部屋の中からピアノの音が聞こえるけれども、ブザーを押してもドアを叩いても返事がない。ピアノの弾き手は広一の母親だった。彼女が再婚する相手と演奏旅行に出かけている間に、息子の広一が肺炎で入院し、おまけに恋人にも振られて、ヤケ酒のジンをボトル半分開けてしまったと、初対面の進に言う。 そして進は、彼女に付き添うかのようにして、広一の病院に行く。 夫を交通事故で失い、同じ事故で片腕をなくした一人息子と、ひたむきに生きる母親のちょっと変わった母子関係に、進はいささかとまどいがちだ。そこに一歳年上の進の姉の佳奈が絡む。 佳奈と広一が、一緒にピアノを弾く。広一は、まるで生き返ったように鍵盤を叩く。そして彼はとても嬉しそうだ。二人の奏でる曲は、サマータイム。 佳奈は、自転車に乗れない広一に、必死で特訓をする。進は姉に広一が取られてしまったような寂しさを感じるが、そんな或る日、佳奈の手によって進の自転車が見るも無残に破壊されてしまう。広一と佳奈の間に、いったい何があったのか進には判らない。広一という一人の少年を巡って、気の強い姉との様々な葛藤が、それぞれのこだわりを内に秘めながら鮮やかに浮かび上がってくる。 そして六年後、姉弟の前に大学生になった広一が現れた。八月の眩い光の中を、後ろに佳奈を乗せ、右腕一本のハンドルさばきで颯爽と自転車を飛ばす広一。進の頭の中に、ピアノのメロディーが踊り出す。右手だけの力強いサマータイム。ラストのこの鮮烈なイメージが印象的だ。(野上 暁)
児童文学の魅力 日本編(ぶんけい 1998)
テキストファイル化 加藤浩司 |
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