サティン入江のなぞ

フィリッパ・ピアス作/高杉一郎訳/岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
     
 十歳の少女 ケイトが、クリスマスのジグソ-・パズルをしている場面がある。一ピースなくなっていて、パズルの絵に穴があいている。重要な穴ではないが、顔のない誰かのように、ケイトを不安にさせる。
 ケイトの家族はある秘密をもっていて、このジグソー・パズルの欠けた一ピースのように、彼女を悩ませる。その秘密は、彼女の父親の墓が突然なくなってしまったことと関係がある。ケイトは、謎解きに乗り出す。
 作品全体もミステリーに仕上げられている。欠けた一ピース発見のために、様々なピースが、効果的に配置されている。玄関わきの自室に閉じこもり、家族の出入りを見張っているおばあちゃん。近所の家々で様々な別名で呼ばれながらも、ケイトの家を本拠地にする猫のシロップ。成人している兄のラン、すぐ上の兄のレニー。レニーの友達で好奇心の旺盛なブライアン。母。父の祖母。これら、一人一人が、欠けた一ピースの発見に大切な役割を演ずる。欠けた一ピースが発見されると、ケイトは、十年前のこの家族の感情のもつれを、目のあたりに目撃することになる。サティン入江で起こったその事件が、家族の意識に浮かび上がってくると、ケイトの母、兄たち、祖母は、今までとは違った考えや生き方を選ぶようになる。
 原題の『サティン海岸への道』は、思春期にもうじき入ろうとしている女の子が、複雑怪奇な人生の諸相に達する道を暗愉している。感性豊かな少女の探求によって見いだした一ピースは、彼女のみならずその家族にも、人生を新しい光の下で見る新しい感情をもたらした。
 ピアスはかつて、ファン夕ジーを用いて、『トムは真夜中の庭で』において、人生を違った光の下で見るようになった少年を描いた。この作品では、『トム……』のような切り口の手並みの鮮やかさは見られないが、人生をジグソー・パズルに見立てて、ミステリーで読者を引っ張っていくところに、熟した作家の技を見る。「魔法」やファンタジ-を使わなくても、人生の不思議を淡々と語れるところに、作家ピアスは達しているのだと感じさせられる作品である。(吉田純子)
児童文学評論23号 1987/07/01