里山の少年

今森光彦著

新潮社 1996

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 里山とは、人里でも山里でもない、人が自然にかかわる好ましい環境として、その生態系を表現するにふさわしい言葉として著者は用いる。琵琶湖に近い里山で育った著者は、現在もそこに仕事場を構え、四季折々の自然の変化や人々の暮らし、小さな虫たちの生命と自然のドラマをカメラで執拗に追い続けている。この本は、その文章編でもある。 
 春先にギフチョウと初めて出合った少年の日の熱い思い。雨の日のたんぼでのフナ捕りの思い出。ヨツボシトンボが生息する八畳ほどの小さな美しい池。羽化したばかりの白い蝶を見たいばかりに、夜一人で神社に行った興奮と恐怖。愛する里山の自然や、そこに生活する人々との交流の中から、虫たちに魅せられた著者自身の少年時代がみずみずしく立ち上がってくる。 
 しかし、ヨツボシトンボの池は荒れ地になり、フナ捕りのたんぼは喫茶店の駐車場に変わってしまった。虫たちの微細ないとなみを見すえる写真家の目が、里山をめぐる豊かな生命のドラマを鮮やかに描いてみせる好エッセー集。著者は日本を代表する自然写真家であり、すでに同じ里山を舞台にした写真で木村伊兵衛賞を受賞している。この本は、もともと子どもの読者を想定して書かれたものではないが、年長の子どもたちには魅力的な読み物となるだろう。既刊の素晴らしい写真集『里山物語』と合わせて薦めたい。(野上暁)
産経新聞 1996/10/04