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ちょんまげにあごひげ、鳥の模様の着物を着て、脚絆に草鞋、竹竿に荷物を背負い、飛脚よろしくさっそうと道を急ぐ旅人さん。ところが、野良犬が追っかけてきて、びっくりぎょうてん、驚いたのは旅人ならぬ着物の模様の小鳥たち。ぱっと空に舞い上がり、一目散に逃げ出して……。これには、旅人も大あわて。かくして、野を越え山越え、春夏秋冬、旅人と鳥たちの追いかけっこがはじまります。 赤羽末吉の『そらにげろ』は、歌舞伎の世話物を見ているような、軽味のある和風絵本。「この絵本は、アニメーション・マンガを、歌舞伎調の絢欄豪華な背景で展開させ、話をすすめていく風変わりなナンセンス絵本」と作者自らが語った、映像的で動きのある絵本です。 赤羽末吉といえば、「スーホの白い馬」(福音館書店)が、小学校の国語の教科書に掲載されていることもあって、よく知られています。モンゴルの雄大な大地とそこに生きる遊牧民の少年スーホと白馬の美しく悲しい物語は、二十二歳で旧満州に渡り、十五年間をそこでくらした赤羽末吉ならではの代表作です。 一九一○年生まれの赤羽末吉の 絵本作家としてのデビューは、一九六一年の『かさじぞう』(福音館書店)ですから、五十一歳の遅いス夕ート。にもかかわらず、八十歳で亡くなるまでの三十年間に、八十冊を越える絵本を制作したのですから、そのエネルギーと情熱には並々ならぬものがあります。しかも、作風は多種多様年。水墨調の『かさじぞう』あり、大和絵風の『だいくとおにろく』、大津絵風の『ももたろう」(以上福音館書店) あり、自身が好きだった小林古径の絵を思わせる純日本画風の『春のわかれ』(偕成社)あり。 ほぼ独学で画風を確立したという画家の蓄積の深さを感じます。さて、『そらにげろ』に戻ると、見どころは何といっても「絢爛豪華」と画家自身が語る絵。襖絵や舞台の書き割り(背景)を思わせるような絵が、四季折々に展開されています。春のしだれに始まり、夏の磯波や北斎の『富獄三十六景』を思わせる陽に赤く染まる富士山、緑も鮮やかな山では、旅人が画面を破って山の向こうから手前に飛び出してきたりして。中秋の名月を仰ぐすすき野原や、色鮮やかな紅葉とたわわに実った柿の木の場面は、うっとりするような日本的な美しさ。絵を読む楽しさを満喫させてくれる絵本です。 さまざまな意味で、読者を喜ばせることに徹したエン夕ーティナー赤羽末吉翁。北斎のように、まだまだ、描いてほしかったと思うのは、欲張りというものでしようか。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1996/11,12
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