少女ソフイアの夏

トーべ・ヤンソン

渡部翠訳 講談社刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 ソフィアとパパとおばあちゃんは、フィンランド湾に浮かぶ島で毎年の夏を過ごします。
 一家のほかには人のいない小さな岩の島…べランダの前には「熱帯雨林のよう」な茂み、岩山の向こうには枯れてもつれた「おばけ森」、郵便の受け取りや食料の買い出しのためにも、ボートでほかの島へ出かけなくてはならない暮らし。
 一家は一見不便なその暮らしを、それぞれのぺースで「ほめられることも、認められることもない毎日の決まった用事」をしながら、微妙な調和を保って過ごしています。北の国の短い夏の美しさ、時間の豊かさそのものが、まず心に染み通ってきます。二十二の短編からなる物語は、この島の暮らしを背景に、主にソフィアとおばあちゃんの関係を、鮮やかに描き出します。「おばあちゃん、いつ死ぬの?」「もうすぐ。でも、おまえには関係ないことよ」といった、どきっとするようなストレートな会話をかわす二人。このおばあちゃんは、決してソフィアを子ども扱いして甘やかしたりはしません。「おたがいにあきれるはかりのいかさまを駆使」してトランプをし、その結果、本気でけんかをしたりします。
 ママを亡くしたソフィアが、ごっこ遊びの中でおばあちゃんのことを「ママ」と呼びたいと言っても、「わたしがママなのは、おまえのパパにだけなのよ」と答えます。でもおばあちゃんは、ソフィアの気持ちを大切なところではきちんと把握し、ソフィアを支えているのです。パパが出かけた後で海が荒れ、心配でたまらないソフィアが、「おばあちゃんってば、読んでばっかり!」とつっかかると、「大丈夫、無事にもどるさ」と答えます。退屈したソフィアが神様に、嵐を起こしてください、とお祈りし、その通り大嵐になった時、「私のせいだ」と泣くと、おばあちゃんは「私の方がおまえより先にそうお祈りしたんだから」と請け合います。そして、ソフィアと一緒に暮らすことで、おばあちゃんもまた助けられるのです。子どもの頃テントで眠った思い出をソフィアに話そうとして、今ではもう何も思い出せないことに気づき、「何もかもが私からはがれ落ちていく」と嘆くおばあちゃん。すると、初めて一人でテントに寝て、本当は怖くてたまらなかったソフィアが、「どんなだか、私が教えてあげる」と言います。「なんでも、いつもよりずっとはっきり聞こえるの…テントの中って、とても 安心していられるの」「ムーミン」の著者が、「私の書いたものの中で最も美しい作品」と語ったという一冊です。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1996/7,8