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一九五〇年代に子ども時代を過ごした世代にとっては、当時の雑誌の付録には格別な思い入れがある。敗戦後のモノの乏しい時代の子ども雑誌は、子どもたちの夢と憧れの対象であった人気玩具や高級商品を、紙中心の組み立て付録にして毎月提供してくれたのだ。 特に『少年』の組み立て付録はすごかった。レンズやシャッターつきの「写真機」には、フィルムや印画紙のほかに、現像液も定着液も付いていた。手回しの「蓄音機」からは、本当に音が聞こえてきて狂喜した。 そのころ熱狂的な人気を得ていた『少年』の組み立て付録も、残念ながら現在はほとんど残っていない。古書店に出ることなども、めったにない。雑誌を買ってきたら、まず付録を作り、夢中になって遊ぶから、たいていは壊れてしまう。そういう魅力が横溢していたから、作らずに取って置く子どもなんているはずもない。組み立て付録を探すには、雑誌のバックナンバーを保存している出版社の倉庫にでもいくしかないのだ。 本誌で「思い出博物館」を連載中の串間努さんが、いよいよ『少年』の付録にチャレンジしていると聞いて、かねてから楽しみにしていた。これはなかなか手のかかる作業になるのではと思いながらも、刊行されるのを心待ちにしていた。 その労作がついに完成した。これまで子ども文化史の中で見落とされてきた、付録という"異端の文化"に脚光を当てた、たいへんな力作である。 組み立て付録が大好きだったという串間さんは、『少年』の付録の黄金時代からは、ちょっと遅れてきた少年であったらしい。だから付録の思い出は、小学館の学年別学習雑誌が中心になる。ウルトラ怪獣ブームのころで、「怪獣下敷き」や、お金を食べる「カネゴン貯金箱」とか「レッドキング貯金箱」が印象的だったという。「怪獣下敷き」には、怪獣の足型と体重が載っていたというから、ちょうどぼくが『小学一年生』で付録を担当していた頃だ。怪獣の貯金箱は、どちらも一九六〇年代後半の『小学二年生』の人気銘柄で、正月号の目玉商品でもあった。 串間さんは、自分の付録体験からアプローチし、子ども雑誌の付録の歴史やその変遷をたどりながら、『少年』の組み立て付録に焦点をあてる。『少年』の付録といいながらも、それは少年雑誌の付録全体の象徴でもある。そしてそれを、"立体写真""レースモノ""鉄砲モノ""飛ばしモノ""ロボットモノ""模型モノ""スポーツモノ""文具・筆記具""その他"に分類し、それぞれの実例を具体的に紹介する。 しかしここには、往年の『少年』や他の少年雑誌の人気付録であった、写真機・蓄音機・映写機・幻灯機・望遠鏡・顕微鏡などは除外されている。これらの多くは、付録の材質規制によって、串間さんの子ども時代には、すでに姿を消していたのだろう。この種の付録については、「第四章 付録の変遷」の中で、体験者の証言などを紹介しながら、じつに詳細に検証されている。付録の規制や材質制限については、「第二章 付録の歴史」にくわしい。 子どもは「本物」に憧れ、「本物」を体験できない代償行為を「ごっこ遊び」などで充足している。組み立て付録というのも、実際は手にすることの出来ない、「本物」に対するあくなき希求であると串間さんはいう。組み立て付録の銘柄である"立体写真"も、雑誌という二次元の印刷メディアが、いかにして三次元に迫るかの挑戦である。ジャンルごとに分類された組み立て付録の具体例や「付録予告」のキャッチコピーからは、テレビなどとのメディアミックスが過熱化する以前の、子どもたちの憧れや人気商品とともに、それぞれの時代相がうかがえて面白い。 圧巻は終章の当事者の証言である。『少年』の付録の歩みをたどりながら、付録担当編集者や考案者はもちろん、制作業者などの証言から、子どもたちを熱狂させる付録をどのように生み出したかの、その細部に渡る工夫や苦闘のプロセスが再現される。そして組み立て付録の黄金時代をリードしてきた月刊誌『少年』も、ついに少年週刊誌全盛時代を迎えて休刊することになる。『「少年」のふろく』は、隠された「子ども文化史」であり、当時の「少年」たちの貴重な生活史であり、少年月刊誌の裏面史でもあるのだ。 (野上 『子どもプラス』6号) |
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