少年ルーカスの遠い旅

ヴィリ=フェーアマン

中村浩三・中村采女訳 偕成社 1991

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 ヴェリ=フェーアマンといえば現代ドイツの代表的児童文学作家で、わが国でもユダヤ人迫害の問題を描いて強烈な印象を残す『隣の家の出来事』『灰色やしきのネズミたち』で知られている。『少年ルーカスの遠い旅』はフェーアマンの長編作である。
 六百ページをこす長編ながら、読みだしたら一気に読んでしまった。失踪した父親の借金を返すため、二年の期限でアメリカにわたった、大工の棟梁である祖父について旅する少年ルーカスの物語だ。波瀾に富んだ旅だけでも十分読者をひきつけるが、旅を縦糸とすれば横糸には父親の消息さがしとルーカスの成長があざやかに織りこまれている。
 物語は大きく三つに分かれる。アメリカ行きの決定から出航まで、航海、アメリカの旅である。ルーカスは東プロイセンのリーベンベルクで母とともに祖父の家でくらしている。ルーカスが巨大なかわかますを釣りあげた翌日、祖父は少年を一人前と認め、画家だった父親が莫大な借金を残していなくなったことを話す。また同じ日、祖父は肩代わりした借金を返すため、二年の期限つきでアメリカにわたる決心をする。この導入部でもわかるように、物語は最初から縦糸と横糸が織り合わされていく。大工の棟梁である祖父は一緒に行く大工を集め、ルーカスはアメリカへわたったらしい父を追うため祖父に仲間に加えてくれるように頼む。
 八月に大工十六人の一行はアメリカにむけ船で旅立つ。十四歳になったルーカスは大工の見習いとして修行を始める。自分の娘が船に密航していたことから、罰として祖父は船首像を仕上げることになる。彫刻は苦手な祖父を手伝い、ルーカスは船首像を見事に彫りあげる。この船首像はアメリカにわたったチャーリーというドイツ人がやりのこしたものだった。ルーカスは酒好きの縫帆員にお酒をもっていってはチャーリーの話をしてもらう。トランプもお酒もやらなかったこと、父親から自由になりたがっていたこと、大工としての金の耳輪をひきちぎられたことなどだ。ルーカスはチャーリーが父だと確信し、ついに船長室にかざられていた絵の裏に父の印を見る。
 アメリカに上陸してからは、物語のウエートは大工の仕事をしながらの一行の旅に移る。南北戦争直後のアメリカでよそものであるルーカスたちがつぎつぎに仕事をかちとり仕上げていく姿には手に汗にぎるものがある。ヴィクスバーグではならず者の襲撃をうけながらも屋敷を仕上げ、ジャクソンでは蒸気式のこと勝負をし、アリススプリングズでは司祭館を一晩で修理してみせた後教会を建てる。ヘイリーヴィルでは三週間で壊れた鉄橋をかけなおす。アメリカの旅は冒険物語としても存分に堪能できる。
 お金もたまりそろそろ約束の二年が近づいたので、祖父は故郷へ帰ろうとする。ルーカスは祖父の反対をふりきり、牛の移動隊のコックをしながらセントルイスいったという父のあとを追うが、父は金鉱さがしに旅だった後だった。ルーカスは祖父とリーベンベルクへ帰る。帰りの船のなかで父が残していった絵が売れ、画家としての父に希望がみえる。故郷へ戻ったルーカスは祖父の望みの大工にはならず、父の店を買い戻し新しい商売を始める。
 フェーアマンの文学は「人間は他人の経験から学ぶことができる」という期待から成り立っているという。横糸がきいている所以だ。横糸ーーとくに縫帆員がぽつりぽつりと語ることで浮き彫りにされる苦悩するチャールズの姿、そして「自分が自分のためにひとりで決断をくださなければならないばあいというものがある。」というルーカスへの父の書きおきは忘れがたい。父と祖父の生き方から学び、大工の道を断り自分の生き方を貫くルーカスからは読者も多くのものを受け取るにちがいない。本書は一九八一年ドイツ児童文学賞、一九八O年児童文学オーストリア国家賞を受賞している。(森恵子)
図書新聞 1991年10月12日