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「エリックの生涯を浮き彫りにするスーツケースの中身は、ほかの人たちが歩んだ道までも浮きあがらせてくる。デイビッドの母親が歩んできた道を、そして、おじいさんとおばあさんが歩んだ道を。」 本書の特徴はここに集約される。「謎解き」と「家族」である。 デイビッド・エリック・マーシュはもうすぐ十一歳になるイギリスの少年。夏休みに友達とすごすキャンプの計画に夢中である。そんなとき、母方のおばあさんが死ぬ。デイビッドはおばあさんには五歳のときから会っていなくて、陰気でおこりっぽい人という印象しかなかった。お葬式がすんだ後、一人になってしまったおじいさんを心配し、母親は一週間だけでいいからと、デイビッドを無理やりおじいさんの所に向かわせる。おじいさんの庭の野菜畑を手伝っている最中、デイビッドは納屋で古いスーツケースをみつける。スーツケースの中には自分そっくりの写真が入っていた。写真の子どもが誰なのか、デイビッドは友達になるように紹介されたハンナという女の子と探っていく。その結果、デイビッドの家族の秘密が明かになる。 久しぶりに謎解きを堪能した。一分の隙もない謎解きである。まずデイビッドが写真をみつけるまで、サスペンスをもりあげる謎が深まっていく。父方のおばあさんと対比させて描かれる不機嫌なおばあさん。おばあさんには母親だけが会いに行く。「あの人に、われわれの家庭をこわされてたまるか!」という父親の言葉。お葬式に行ったとき「まるでうりふたつね。あの子、よく似てるわ」と言われたこと。おじいさんの家の近くの川のことや、おばあさんの病気のことをはぐらかす母親。おばあさんの部屋に入ったデイビッドの頭の中に「この子は悪魔だ、いじわるの悪魔!」という言葉が響きわたる。写真をみつけてからも、スーツケースからみつかった、デイビッドが描いたのとそっくりの宇宙の絵や開けていない誕生日プレゼントなどで謎は一層深まる。 写真をみつけてからの謎解きは、当事者のデイビッドを尻目にハンナが理路整然とリードしていく。デイビッドの話から、〈証拠〉1エリックという名前 2日付 3葬式のとき女の人が話したこと 4デイビッドがエリックという少年に似ていること 5母親がエリックという人物を知っていた、とまとめあげ、これを基に、墓石に掘る墓碑を調べエリックが誰かを探りだす。エリックはデイビッドの母親の兄ということが分かったそのあとは、おじいさんと隣人のバードさんが話してくれる。 出だしに出てくるデイビッドのキャンプの計画は、一見謎解きには関係ないように思えるがそうではない。事故の起こった日に、エリックもキャンプをしようとしていたのであり、このことからデイビッドのキャンプに不機嫌になる母親の態度も理解できる。 次に本書のもうひとつの特徴である家族に関しては、エリックの謎が解けるにしたがって、デイビッドの家族の絆が強くなることである。デイビッドにはおばあさんの所から帰ってくるといらいらしている母親が理解できない。また、キャンプの計画を知りながら、一方的におじいさんの家にデイビッドを行かせることにした母親を許せない。しかし、エリックのことが明かになって、母親やおじいさんの苦しみ、おばあさんを最後までやさしく看病したおじいさんの愛情が理解できるようになる。おばあさんに対しても、もっと早く事情が分かっていたら、違う気持ちをもつことができたのにと残念に思う。家族全員が心から打ち解けあう。十一歳の誕生日、エリックがもらうはずだった誕生日プレゼントをデイビッドが開ける場面は感動的だ。 日本では今、家庭教育の大切さが改めて叫ばれているが、自分中心で家族の結びつきが稀薄になってしまっている家庭ではそれも難しい。デイビッドの家族のように、家族の歴史からお互いに家族の気持ちをつかみその絆を強めていくことができれば、素晴らしいことだと思う。(森恵子)
図書新聞 1998年4月18日
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