台所のマリアさま

ルーマ一・コッデン作
猪熊葉子訳 評論社

           
         
         
         
         
         
         
     
 ルーマー・ゴッデンの物語はどれも極上品ですが、代表として、ここでは『台所のマリアさま』をあげましょう。
 主人公は小学校五、六年生の男の子グレゴリー……お父さんは弁護士、お母さんは一流の建築家でエリート……ピ力ピカの近代的な家に住み、両親は忙しいですから当然家にはいず、いつもお手伝いさんがくるくる変わリます。
 というなかで彼も非常に頭はいいんですが、賢い分だけ自分の世界をつくり上げるのも上手、十歳になる頃には自分の部屋はキチッと管理して妹以外誰も入れないほど自分をクローズしてしまっています。で、両親は賢いですからこれはマズイ、と気づきはしたものの、手も足も出せません。
 そこへ新しくやってきたウクライナ難民の、もう五十歳はすぎているだろうマルタは、お母さんの設計した近代的な台所に黒いフライパンや玉ねぎを吊るし、あっという間に居心地のいい安らげる場所に変えてしまい、グレゴリーは自分の欲しかったものはこれなんだ、と気づきます。
 マルタがここには幸福な場所がない、というのをきいて、生まれて初めて、他人を幸せにしてやりたい、と思うのよ。
 そして、それがイコンと呼ばれる聖母さまの絵なんだというのを知り、グレゴリーはそれを手に入れるのに他人と接触し、自分の宝物も犠牲にしてイコンをつくリ、できあがった絵を見せるために、初めて両親を部屋に入れるのです。
 この少年が抱えこんだ生きている実感がない、という問題は、今の日本にとっても最大テーマの一つでしょう。その答えの一つがここにあるのです。(赤木かん子)
『かんこのミニミニ ヤング・アダルト入門 図書館員のカキノタネ パート2』
(リブリオ出版 1998/09/14)