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十年ほど前、展覧会のためにお借りした絵をお返しに、お宅を訪ねたことがあります。えらく緊張しながら、当時、建設計画が進んでいた外環道路の影響による石神井公園(東京都練馬区のちひろ美術館からほどちかい)の自然破壊問題と、漫画家仲間の赤塚不二夫さんたちと毎年お風呂屋さんを借り切ってやる季節はずれの真夏の忘年会が近いことと、なんだかちぐはぐな話題に終始した記憶があります。以来、私の中では長新太という名前は、その哲学的な雰囲気と真夏の忘年会が渾然一体となって定着しているのです。 それはさておき。『だくちるだく ちる』(福音館書店)です。長新太と言えば、『おしゃべりなたまごやき』『ごろごろにゃーん』(福音館書店)、『きゃべつくん』(文研出版) などなど、日本のナンセンス絵本の草分け的な存在、大家なのですけれど。 『だくちる…』はちょっと違う。原案は、ロシアの詩人で考古学者でもあるべレストフの書いた詩です。地球に人類が登場するはるか前、音といえば火山活動の「ドガーン ドガーン」という音しか耳にしたことがなかったイグアノドンに、かすかな音が聞こえてきます。「だくちる だくちる」小さなプテロダクチルスが飛んで来た音、ひとりぼっちのイグアノド ンがはじめて聞いた、友だちの音。画面いっぱいに明るいピンクとオレンジ色がひろがり、イグアノドンの喜びがあふれかえるようです。 太古を舞台にした心やさしく雄大な詩に、心が浮き立つようなダイナミックで鮮やかな色彩の絵が、やはり雄大なスケールで展開する、私の大好きな絵本です。 そう言えば、長さんの絵本の登場人物(動物)たちは、誰もいっぷう変わっていて、風変わりな分、魅力的だけど、どこか孤独の陰が見えかくれする。彼らの巻き起こす珍事件怪現象、「おかしくて、やがて哀しき…」が、そこにはあります。とはいえ、決して湿っていない。どこまでもかーんと乾いているのがいいのです。 と、ここまで書いて、再びそういえば、『絵本ジャーナルPeeBo o』(ブックローン出版)に創刊以来ずっと連載されている長さんの 「絵本画家日記」もしかり(これがとっても面白い)。 (○月○日 ある人がわたしのことを「絵本界の長老」と言った。長という名の老いた男だから「長老」だっていいんだけど、ちょっとさみしくなった。だいだい「長老」とは頭立った人のことだ。わたしの頭はいつも横になって、ねている。立ってはいない。「長老」はイヤだ。「絵本界の長者」がいいなあ) 曰くこの調子。ラジオ番組の夕イトルではないけれど、いつも変わらぬこの「長新太の長新太的こころ」がいいのです。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1997/0506
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