だーれもいない だーれもいない

片山健:作、絵
福音館書店

           
         
         
         
         
         
         
    
    
 小さいコッコさんがお昼寝から目をさますと、家にはだーれもいませんでした。畳の部屋には置きっぱなしの新聞。壁掛け時計が壁に落とす影。台所に行ってみると、大きな窓から明るい、少し傾いた日差しがさしこんで、床を光と影に染めわけています。(きっと時刻は午後三時頃でしょう。)サイズの大きすぎるぞうりをはいて庭に出てみると…犬小屋までが、からっぽ。盛大に干された洗濯物の下で、じっと立っていると、風がそおっとやってきて、「だーれもいないの、コッコさん」とききました。コッコさんが黙っていると、風は行ってしまいました…。
 『だーれもいない だーれもいない』は、どこの家にもありそうな日常のひとこまが、小さい子どもにとってはどんな経験なのかということを、鮮やかに描いた絵本です。この本の魅力は、徹底して子どもの目線で、「誰もいない家」を描いているところ。畳の部屋や台所の場面では、文章はただ「だーれもいない」とくり返すだけですが、絵をじっくり見ていくうちに、晴れた午後の光、カーテンを揺らす風、しんと静まり返った家の中の空気や匂いまでが、じつにリアルに感じられてきます。変な時間に眠りから覚めたときは、大人でも、まわりのモノがちょっと不思議に見えることがあります。小さな、ひとりぼっちのコッコさんには、この誰もいない家が、どんなに不思議に思えたでしょう。
 庭におりたコッコさんは、黙って立っています。そのあと、犬の鳴き声がしてお母さんとお兄ちゃんが帰ってくるまで、実際にかかった時間はそれほど長くないはずです。(本の一番初めの、タイトルの下の絵には、お兄ちゃんと犬をつれたお母さんが、軽装で買い物かごを持って、「ちょっとひとっ走り」という感じで出かけていく後ろ姿が描かれていますから。)でもそのたぶん数分という短い時間が、コッコさんにとってどれほど長く感じられたかを、この絵本は丁寧に描きます。風のあとには雲が、雲のあとには山鳩が、「だーれもいないの、コッコさん」と尋ねました。ぞうりをはいてから犬の鳴き声がするまで、実に六枚もの絵を使って、初めは不思議そうな表情をしていたコッコさんが、次第次第に心細くなり、今にも泣きそうになるまでが、描かれていきます。(小さい子はよく、一瞬黙っていてから泣き出したりしますが、この絵本を見ていると、「一瞬」の間にも、子どもはものすごくたくさんのことを感じていて、その時間をとても長いものに思っているのだろうな、と思ったりします。)
 でも、ご安心ください、最後のページでは、わっと泣き出したコッコさんが、お母さんにぎゅっと抱きしめてもらっています。コッコさんのぞうりは片方ぬげて、犬がはだしになった足をなめています。(そして裏表紙の絵を見ると、犬はぬげたぞうりをちゃっかり自分の小屋に持ってきています!)
 読み終えると親も子もきっと満足できる、丁寧に作られた気持のいい絵本です。(上村令
徳間書店 子どもの本だより 東新橋発読書案内 2000/11.12

テキストファイル化富田真珠子