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『宝さがしの子どもたち』は、当時の多数の優秀な批評家が、「これこそ真に新しく独創的な冒険物語である」(アンドルー・ラング)「子ども時代の共和国をみごとに捉えた」(ポール・アザール)「常に子どもになり、子どもの物のみかた、考えかたをもち、子どもの立場に立って書くことができた作家であった」(R・L・グリーン)と述べているように、背のびも誇張もなく、六人の子どもたちを子どもらしいリアルさで描出し、子ども読者が快く入ってゆける世界を提出している。 ハスタブル・ブックス(バスタブル家の子どもたちがくり広げる三部作『宝さがし-』『ょい子連盟』『新・宝さがしの子どもたち』)の第一冊目として書かれたこの作品は、事業に失敗して一夜で無一文になった父のために、母のないバスタブル家の六人兄弟姉妹が知恵を出しあって宝さがし(金をつくること)をする物語である。長女でみんなのことに気をくばるドラ、公平で寛大で一見むこうみずな長男オズワルド、きちょうめんな二男ディッキー、感受性が鋭く病気がちで詩人の三男ノエル(ネズビットの少女時代の分身か?)、男まさりで勇気と正義感にあつい二女アリス、無邪気で茶目っ気のある末っ子H・O-この六人が、それぞれの性格にあった〈宝さがし案〉を提出し、どんな幼稚なアイディアであってもみんなで団結し、協力しあってその試みを実行に移すのである。子どもたちが考えついたアイディアは、その年代の子どもが考えつくリアリティをもっており、試みが事件に発展し、予想どおり失敗に終わっても、少しも作りごとという気はしない。それに、大人社会に対する観察眼は見事に子どもの目を通して描かれている。父さんが破産して貧しくなったことも、「家の中にあるものはほとん ど黒か灰色だった」「おとうさんは、近ごろ、わたしたちが新しいものをほしがるといやな顔をします」と子どもの視点で捉えられ、家に入ってきたどろぼうを調べるとき「くつのかかとがすこしへっていて、シャツのそでロがすこしすり切れていて」ポケットの中には何と何があったかなど、子どもの好奇的な目でつらぬかれている。 ネズビットは、この作品で日常性の中にも冒険のおもしろさがあることを示し、子どもの空想、着想にリアリティをもたせ、子ども相互のふれあいにからむおかしさ、楽しさを描き出した。そして、子どもにとって興味深い経済問題を冒険の土台において、子ども読者の関心にも呼応した。さらに、「わたしたち」のこととして登場する六人の子どもたちの中のオズワルドが書く形式をとり、しかもオズワルドが書いていることを隠しているため、読み手に仲間意識を与え、物語の中に入るよい効果となっている。「本全体がオズワルドの性格研究となり、少年の無意識な皮肉な自画像」にもなっている。 「この世のどんな強制をもってしても、子どもが読みたくない本を、むりに読ませておくことはできない」といったのは『児童文学論』で著名なL・R・スミス女史であるが、では子どもが読みたい本とは一体何であろうか?スミス女史は作品のおもしろさを形成する要素として、〈作者の考えの質、かれの築く構成の確実さ、かれのことばの表現力〉の三つをあげている。子どもを読者とする文学にとって不可欠なのは、ネズビットが試みたように、子ども像の捉え方、子どもの視点の正確さに他ならないと思うが、それらはこの三つの要素と深く関連性をもってはじめて、児童文学作品として成立するのである。 そして、逆に読者の目から捉えるならば、このような三要素が意識的に留意されて書き上げられ、活字に組まれ、造本された一冊の本は〈素材〉にすぎない。つまり、子ども読者は提供された本(素材)を自分の体験と個性ある想像力によって、自分なりに一つの〈作品ー物語〉につくりあげるのである。作家が原稿に作品を書き上げる作用を、仮に第一次的創造と呼ぶなら、読者のこの「読みながら創る」作用を第二次的創造、あるいは受動的創造と呼ぶことができるだろう。大人の読者と子どもの読者のちがいは、子ども読者は経験がとぼしい反面、想像力や空想力がしなやかであるが、同時にその想像力、空想力は彼らの日常性に非常に卑近な具体物をよりどころとしなければならないということではなかろうか。 ネズビットの作品をこの問題に照らし合わせてみると、子どもたちの身近にあるものや事件によっていかに巧みに物語を展開させていっているかがよく分る。『砂の妖精』や『バスタブル三部作』や『鉄道の子どもたち』の中にある日常性は、あくまでもリアルであり、妖精に願いごとを申しつけたり、宝(お金)をさがす工夫をしたり、とらわれの身の父さんを一日も早く帰れるように考えたり-という目的にむかって、子どもらしい発想と行動が具体的に描出されている。妖精のサミアドは、神秘的で超自然的な魔人ではなく、子どもたちの発想の枠を破らず、子どもたちにとっては身近で手の届きそうな存在である。子どもたちの考えつくことのできる魔力をもった妖精ということは、換言すれば、子どもの空想につれていかようにも広がる願いの代弁者というふうに考えられる。重要なのは、いじわるやナンセンスでなく、日常性にリアルに密着している子どもたちが、ありうること起こりうることとして思い描くために、この妖精は前述した第二次的創造、あるいは受動的創造をうながす最高の存在であるということができるのではなかろうか。 子どもの本を評価する場合、本(素材)がどれだけ子ども読者の第二次的創造をうながすものであるかが最も重要な要素であることはまちがいないが、それは素材が子どもの視点で完壁なまでに貫かれていたり、登場人物の子ども像があくまでもリアルであることだけでは決してなく、一つはその子どもの視点や子ども像によって描かれた世界が、子ども読者にとって新鮮な発見(体験)を与えるものであること、もう一つはそれらが作品の中でどれだけ生かされているか、〈物語〉になっているかである。 子どもはストーリー展開の少ない単調な物語を好まない。登場する子どもたちが、自分たちと同じ考え、同じぐらいの行動であっても、冒険(物語)の結果までありふれている物語を好まない。子どもは、常に一歩以上先に進みたいのである。この意味でネズビットの作品をみていくと、子どもをとりまく日常性を子どもの視点で描出し、ストーリー展開は必ず子どもらしい考えと行動によっていることが分る。ネズビットの描く子どもたちのいる世界は、常に何かしでかしたくてうずうずする〈予感〉にあふれている。子ども読者は読者なりに与えられた世界の中で、せいいっぱい動き回りたくなる。これは、ネズビッ卜が彼女自身の中にいる生き生きした分身である〈子ども〉の遊び仲間として、登場する子どもたらを捉えているためであり、読者もまた仲間の一人として容易に入っていける世界であるためである。 これらの魅力を十分認めた上で、『宝さがし-』を今日の子ども読者の視点で見ていくと、構成として、子どもらしい冒険のエピソードを並列したストーリー展開の単調さと、冒険のしめくくり(結び)にいささか不満が残る。子どもたちが失敗をくり返しながらも、主体的に努力をつづけてきたその独想的な試みが、愛情深く、しかも大金持らの大人の出現によってけりをつけられたのは残念である。酷しい現実の中で子どもたちが、大金を本当に得ることは、理解ある大人の助けなしては成立しないことは充分うなずけるが、この結末が冒険物語を色あせたものにしているような気がしてならない。父さんの心中や、長女ドラや長男オズワルドの気持を、問いただしてみたくなるのは何故だろう。 今一つは、ネズビッ卜の思想性とも深く関連するのだが、子どもたちの新鮮な着想が、大人社会の現実の壁にぶつかっていくとき、それをもう一歩深く関わらせることをせず、愛情と理解にあふれた大人を巧みに登場させ、ユーモアたっぷりに押しもどしてしまう傾向の感じられることである。これは、ネズビッ卜の母親としての愛情であると同時に、進歩的で自由主義的な女性といわれても、それが一九世紀後半の革新性であったことなのだろう。 この問題に少しこだわるなら-バスタブル家の子どもたちは、それぞれの年齢によって、〈社会〉に対する理解と判断の程度はまちまちであるが、年齢の低い子どもたちが発案した冒険の内容に、年齢の高い子どもたちが、適切なアドバイスを精一杯やっているとは思えない。極端にいえば、ドラやオズワルドは、半分さめた目で小さな子どもたちの提案の幼稚さと結末の挫折を予測しながら、その年齢に応じた最大の助力と努力をしていると思えない。つまり、民主的に各個人が選んだ試みに一丸となって子どもらしくふるまうが、その集団からはみでたり、勇気ある(あるいは向こうみずな)反抗をすることによりさらに大きな集団である大人社会の常識に子ども論理で体当たりしていく方向性と反抗のエネルギーかうすい。(これはアーサー・ランサムとまったく同じ問題点ではあるが、ランサムの日常性はつくられた冒険の舞台、つまりはじめから意識して社会から隔離したのに比べ、ネズビットの日常性は大人社会と同居している世界である。)これは前述したように、大人であり親であるネズビット女史が、自分自身の内にいる永遠の子ども像から大きくはみだすスリルを意識的に避けたためだと思わ れる。 また、六人の子ども像について、「こうしたこたごたの中でのひとりひとりが実に個性的に描写される」(神宮輝夫『イギリス児童文学の作家たち』研究社)との評もあり、なるほどバスタブル家の子どもたちの性格わけは出ていても子どもたちの集団としての捉え方、ストーリー展開の単調さ、ときに独白記録調の文章の冗慢さと長々しさも手伝って、読者に各キャラクターのちがいのおもしろさは余り伝わっていない。みしろ、冒険にでかける子ども集団という最大公約数的な考え方や行動として受けとってしまうところがある。 性格と個性とは深い関連性があるが、本質的には区別しなければならない。性格は表面的な行動に表われることが多いが、個性はうちに秘められた彼自身の思想・考えである。この思想や考えは、万事順調にいっているときは余り表に出ず、自分を捨てても何かにぶっつかっていったり、自分を武器にして何かと衝突し、闘争するときなどに見えてくる性質のものではなかろうか。このような行動が、子どもたちを未知の発見に向かわせ、少しずつ成長する糧になるのだと思える。 「宝ざがし」が経済的困窮に対する子どもたちの切実な願いであるにもかかわらず、くり返し行われる試みが、大人社会の一般的論理で安易に挫折し、その悲哀をユーモアや笑いてもって処理しているため、個々の子どもに内在する成長のエネルギーが、それらの矛盾にぶつかっていく機会を周到に削りとってしまったといってもいいかもしれない.主要な部分を占めて登場する大人たらも、大部分は子どもにとって理想的な人間像であるため、社会的諸矛盾に目を開き、自分を成長させていく力を都合よく吸収するクッションになっている。 さて、ネズビットは65年の生涯で100冊近い本を書いたといわれるが、四○歳になって書きはじめたわずか一八冊しかない児童文学作品で名を残すようになったのは皮肉なことだ。なかでも『宝さがしの子どもたち』と『砂の妖精』(一九○二)の二冊は、二○世紀イギリス児童文学のリアリズムとファンタジーの二大源流として高く評価されている。 おとなのために書いたのでも、子どものために書いたのでもなく、自分自身のために書いた。しかし、それはおとなである自分のためにではなく、いつくしみをもって思いだした自分の中の子どもをたのしませ、よろこばせるために書いた。(注) これはネズビット自身のコトバであるが、彼女が児童文学作品を書く動機を語っていて興味深い。資料によると、きっかけは『少女自身』という雑誌に依頼され、しぶしぶ「わたしの学校時代」という回想記を二一回連載したのだが(幼い頃より大陸へわたり転々と住居を変えたため異国での学校生活は決して楽しいものではなかった)、そのときネズビットは40年を経た今も自身の中に〈子ども時代〉というものが生き生きと流れつづけていたことを知ったという。そして内面にいるもう一人の幼いネズビットとともに、子ども時代を過した田舎町や鉄道のある村にかけていき、それらの再現が作品となって花咲くのである。 最後になったが、『宝さがし-』が一八九九年という文字どおりの世紀末に出版されたのは大きな意義があると思う。一九世紀イギリスには子どもを主人公にした家庭小説が実に多く誕生し、子どもの中にある《独自の価値》を理解しながら生きた子ども像に近づこうとしたが、『宝さがし-』にきて初めて、生きたリアルな子どもの主体性を描出し、日常性の中の冒険に送りこんだといえるのではなかろうか。(松田司郎) 注『宝さがしの子どもたち』訳者あとがき
「世界児童文学100選」(偕成社)
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