絵本、むかしも、いまも・・・
第18回「江戸の粋とモダニズム 初山滋」


           
         
         
         
         
         
         
     
 子どもの頃、夏休みに毎日プールの時間というのがあって、洋服の下に水着を着てバスタオルだけを持って、小学校のプールへ通いました。泳ぐのも楽しかったのですが、私はプールの底近くに仰向けに寝て、水にゆらゆらと揺れながら、息がつづく限り水面に差し込む夏の日差しを見ているのが好きでした。
 しあわせなことに、ちょうどその頃使っていた国語の教科書は、初山滋の表紙。布目のザラザラとした紙に、わずかにピンクがかったベージュの地色がしかれ、独特の不思議な抽象形がデザインされた美しい教科書でした。そのせいでしょうか、初山の絵は、私の中では、水の中から水面に揺れる光を見るような繊細さと独特の煌めきをひめて、心に刻まれています。
 初山滋(一八九七〜一九七三)は、村山知義、武井武雄や岡本帰一、清水良雄といった童画家たちと同時代の一九二〇年代から、絵雑誌「コドモノクニ」「子供之友」、児童文芸誌「おとぎの世界」などで活躍した人です。その作品は、際立つ個性で数多くの読者を魅了し、後の人に大きな影響を与えました。いわさきちひろも初山に憧れ、影響を受けたひとりです。
 初山は明治の半ば、東京浅草に生まれます。まだまだ、江戸文化のなごりがそこかしこに残っていた時代です。幼い頃、染め物屋に奉公に入り、後に日本画家の井川洗高ノ学びました。そう言われれば、確かに江戸の染めの洗練されたデザイン感覚や美意識が、初山作品にはあります。ただし、伝統の踏襲にとどまらず、西洋的なモダニズムが絶妙に溶け合っている点が、初山たる所以。折しも、ジャポニズムをひとつのきっかけとして生まれたヨーロッパのさまざまな近代的芸術思潮が、日本に怒涛のごとくもたらされた時代です
 『たなばた』は、初山の絵本の中でも、最も広く知られた絵本でしょう。愛し合い、ふたりの子どもをもうけながら、天の掟で引き裂かれた織り姫と牛飼いが、夫が妻を思う気持ち、子どもが母を慕う気持ちの強さ故に、年に一度の再会を許されるという、中国に伝わる物語。クライマックスの舞台となるのは、やはり天の川。無数に瞬く星の輝きがきらきらと光る水となって流れゆく天の川は、まさにこの画家のためにあるような場面、独壇場です初山は星の光の川を、たっぷりと残された余白の中に、藍染を思わせる渋い紺色を主体に、淵に星のかけらを無数に散りばめて描きますそこには、光の色はありませんが、光は確かに描かれています。お見事!読む人みなを唸らせます
 初山滋は、江戸の美意識と粋を保ちつつ、洗練された独自のモダニズムを確立した、絵本の世界の天才に違いありません。(竹迫祐子
「たなばた」君島久子再話 初山滋画 福音館書店刊
徳間書店 子どもの本だより2000/05.06
テキストファイル化日巻尚子