たつまきの夜

アイビ・ラックマン

夏目道子訳 中村悦子絵 佑学社

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 日本に今、大地震が起きたら人々はどうするか。つい先日の防災の日にも各地で様々な訓練が行われたようだが、それに参加した人のうち何人が本当に災害の恐ろしさを認識し、本気でそれに備えているであろう。 本書は、一九八0年六月三日アメリカのネブラスカ州中部のグランド・アイランド市を実際に襲った地震ならぬトルネードと呼ばれる超大型たつまきを題材にした作品である。
 物語の舞台と月日は事実通り、語り手は、そのたつまき(トルネード)を体験し、その日のことをすべて鮮明に思い出すことのできる十二歳の少年ダン。あの日彼は、これから起ころうとしていることを何も知らず、泊まりにきた親友のアーサーと自宅でテレビを見ながら留守番をしていた。外は暗くカーテンが水平になるほどの強風が吹き、テレビの緊急気象情報は近くの地域にたつまき警報が出されたことを告げた。やがて突然サイレンが鳴った。電話は混線し、ラジオ放送は『たつまき発生、たつまき発生』と繰り返した後、音もしない。浴室と台所からは配水管の空気が吸い出される聞き馴れぬ空吸いの音。そして停電。彼は、あわてて家へ帰ろうとするアーサーを押し止め、眠っていた生後六ヶ月の弟ライアンを連れて、三人で地下室へ避難した。恐ろしくて気が狂いそうであった。次の瞬間は、自分が破裂してしまうのではないかと思われる程の静寂。続いて頭上で家具と家具がぶつかりあう音、窓ガラスがはじける音、たつまきがほえる音、何かが裂けるものすごい音が聞こえ、壁が揺れ、家が引き裂かれるのを感じた。突然天井も落ちてきた。とっさにシャワールームへ移ったが、そこでもまた 爆発。毛布をかぶって飛び散るガラスの破片を裂け、神に祈った。ようやく音が遠のくと今度は散弾のようなひょうが降りはじめ、たたきつぶされてて死んでしまうのかと思われた。やがてそのひょうが雨に変わりはじめた時毛布をはずしてみると、驚いたことに、浴室の天井だった所に夜空が見えていたのだ!
 作品はこの後もさらに、雷が鳴り響き、稲妻が空を切り裂き、強風が吹き止まぬすざましいたつまきの様子と、水道管が破裂し、ガスもれの臭いがし、爆発も起き、もちろん家々は吹き飛ばされて、まるで戦場と化した町の被害状況を描写する。それとともに、彼らがいかにして地下室から脱出し、家族や隣人を探し、救援隊と逃げ惑う人々でごったがえす中どのようにして避難し、いかに恐怖と不安の一夜を過ごしたかをも、約一時間ごとの章分けで克明に語る。特に強風が吹き始めた夜八時頃からダンが家族全員と再会する翌朝早朝までの数時間の記述は、作品全体の約七割にあたる一五一ページが当てられ、さらにその後の人々の暮らし方、つまり被害がいかにひどかったかの説明まで含めると全体の約四分の三にあたる一六一ページが、猛威をふるったたつまきの恐ろしさの描写に費やされていることになる。確かにそれは迫力があり、印象的でもある。
 しかしこの作品は単にたつまきの恐ろしさや自然の脅威だけを語ったものではない。地下室で必死に弟をかばい、自分のひざの上で無邪気に飛び跳ねる彼を見ているうちにダンは、今まで自分の部屋と母親の関心を奪い、十一年間の幸福な家庭生活を破壊した新米者としか思えなかった弟に対して、初めて兄貴らしい感情を覚える。そして「こいつには、世界一いい兄きをもたせてやるぞ。」と心に誓う。また彼は母と再会した時「そのときぼくは、ほかにたいせつなものはなにもないと思った。人は家や、自転車や、部屋なんてなくても、町じゅうの人がいなくても、愛している人たちさえいればやっていけるものなんだ。」とも悟る。しかし彼が学んだものは家族愛だけではない。テレビでたつまき襲来のニュースを聞き、電話の通じない八十一歳の隣人スマイリさんのことを心配し様子を見に行くダンの母親。たつまき襲来後自らが逃げるよりもスマイリさんを救出しようとするダンとアーサーとその姉。満員でバスに乗れないスマイリさんに席を譲った身も知らぬ黒人の少年。さらに助けられるだけでなく、近所の人たちに「自宅開放」をするスマイリさん。このように互いの困った時にさりげなく示 し合う隣人愛にもダンはちゃんと気づき、それを彼は「とつぜん、すべての人が隣人になった。」と表現している。
 事実に基づいているだけあって、自然の脅威を非常に迫真性をもって語る作品であると同時に、物質的なもの全てを失った中で、そりよりももっと大切なもの、即ち家族愛や隣人愛を見出した少年の成長物語でもある。それにしても登場人物達は皆、極限状態におかれてもなんと利己的でなく、人間の醜い面を見せないのであろう。人間を非常に好意的に肯定的に捕らえた作品であると思う。(南部英子
図書新聞 1988/10/15

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