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これは現在日本で手に入る絵本の中でももっとも有名な一冊に違いありません。何しろ、私が子どものころからあった本です。長い間子どもの心をとらえて離さない魅力があるのです。 お話はウクライナの民話。おじいさんが森の中に手袋を落とします。するとそこに、動物たちがつぎつぎやってきて、住み着いてしまうというお話です。最初にやってきたのがネズミ、そして次がカエル。ネズミやカエルのような小 動物ならは、手袋をすみかにするといっても別に不思議ではありません。でも、ほかの動物たちもやってきて、中に住むとなると話は別。ウサギ、キツネ、オオカミ、イノシシ。小さな手袋にこれだけの動物が住むなん て、現実では絶対不可能なのに、この本の世界では可能になってしまう。これぞ絵本の絵の醍醐味、マジックです。動物が増える度に、改造に改造を重ねて、住み心地良さそうに変身していく手袋の家。最初は手を入れるところだけが入り口だったのに、いつのまにか他にも出入口が作られていたり。ラチョフという画家の手腕と想像力にはほとほと敬服してしまいます。ぺージをめくるごとに、手袋の向きを変えて描かれているためか、家の変化も自然で、しかも読者を あきさせません。 さて、これほどおもしろく、昔話らしい繰り返しがあるお話なのに、他の画家による「てぶくろ」はあまりみかけません。挑戦してみたいと思う画家はいないのでしょうか? いえいえ、実は日本に紹介されていないだけで、このお話は世界中で絵本になっています。しかも何年かに一度は、世界のどこかで誰かが新しいバージョンの「てぶくろ」に挑戦しているようなのです。数を数えたことこそありませんが、毎年開かれる国際ブックフェアではこの話を元にした絵 本をよく見かけます。ところが、ラチョフ版の絵本に勝るおもしろさをかねそなえた「てぶくろ」は未だみたことがありません。どれもこれも、絵が物語の真実味を裏切っている つまり、絵が嘘臭くて、お話がつまらなくみえてしまうものばかり。日本にはラチョフの傑作があるから、まあ、いいといえばいいのですが……。 「てぶくろ」と同じテーマ (小さな入れ物の中にたくさんの動物や、子どもが入る不思議さを描いている)で描かれている絵本もたくさんあります。でも、どれもこれもやっぱりラチョフの「てぶくろ」にはかなわない。まさに、絵本のお手本みたいな絵本だと思います。(米田佳代子)
徳間書店 子どもの本だより「絵本っておもしろい1996/9,10
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