『ちびくろさんぼ』について


           
         
         
         
         
         
         
     
 さて、それまでの探偵依頼の中にはあまりなかったのですがブックポートを通しての方たちから頂いた依頼で一番多かつたのが、この『ちびくろさんぼ』でした。けれどもこの本はみなさんもご存じの通り、アメリ力で〃さんぼ〃というのは黒人蔑称であると大変に問題になったため、岩波書店はこの本をもう作らないことに決めてしまいました。だからいくら復刊願いを出してもこの本ばかりはもう二度と作らないだろうと思います。
 この〃さんぼ〃騒動はあちこち物議をかもし、やれさんぼはアメリカ黒人ではなくインドの子どもだから黒人差別には関係ないだの、作者のヘレン・バンナーマンのもとの本とは違うだの、いろいろ言われましたが、私は日本でこんなに『ちびくろさんぼ』がウケたのは原書の選びかたが上手だったのと(たくさんの人が絵をつけているそうです)あまりにも翻訳が上手すぎたせいだと思います。『ちびくろさんぼ』というネーミングもあまりにもはまりすぎていて、今さら〃さんぼ〃という言葉を外そうにもにっちもさっちも動かせないのです。その後、インドの子どもの絵にしたものとか主人公の名前を変えた本とかいろいろ出たことは出たのですがどれもパッとしません。私個人としては今はひっこめといたほうがいいだろうと思っています。もし日本で『チャンコロの冒険』などという絵本がでたらス卜ーリー以前に中国系の人たちは激怒するでしょうし、私もいい気持ちはしないと思いますから……。アメリ力で黒人たちが言語を絶する差別を受けた(今でも受けている)のは事実だし、傷が癒えていない人々が神経質になるのも当然でしょう。いつの日か世界中から人種差別が消えて、「『さんぼ』っ てなーに?!昔黒人の人をバカにして白人がそういってたの? ヘえ〜、なにそれ、初めて聞いた」という人たちでいっぱいになれば、あの本ももうー度甦ることでしょう。子どもたちはあの本を読んで「なんだ、トラに全部服を取られて弱っちいなあ、だからくろんぼはダメなんだ」、と思いはしません。トラがぐるぐるまわってバターになり、そのバーでさんぼがパンケーキを192枚も食ベることにおもしろさを感じるのです。
 昔、ハリウッド映画に出てくる中国人は悪人と決まっていました。それが問題になる時代になると、全員良い人になりました。でもそれも差別でしょう。そういう過程をヘて、今は中国人も日本人もそして黒人も、いろんな役で出てきます。その人が良い人か悪い人かは人種ではなくその人個人の問題にようやくなったのですが、でもそれはホン卜につい最近、1980年代以降のことです。だから私は『ちびくろさんぼ』については21世紀の課題として持ち越そうと思っているのです。(赤木かん子)
『この本読んだ? おぼえてる?』(フェリシモ出版 1999)