小さい魔女

プロイスラー

大塚勇三訳/学研

           
         
         
         
         
         
         
    
 十月のなかば、フランクフルトのブックフェアに新しい本を探しに行ってきました。いつもはフェアの会場内に釘付けになってしまうのですが、今回は半日ほど、ちょっとした田舎に住んでいる著者を訪ねて足を伸ば し、初めて「ドイツの田舎の森」の中を歩くことになりました。
 フランクフルト近辺の秋は、大抵重たい曇り空ですが、この日は珍しく快晴。森には、散歩を楽しむ人の姿がちらほら見うけられました。 森の中を歩き出してしばらくすると、森の様子が日本の森とずいぶん違うことに気づきました。下生えの草や灌木が見当たらず、傾斜もさほどきつくなく、明るく、さっぱりしています。小道をそれてどんどん森の中に入っていくことも、難しくなさそうです。
「今になってわかった。なんでへンゼルとグレーテルが森で迷子になるのか」
「そうそう、昔不思議に思ってたんだ、パン屑なんかまいても、すぐ薮にひっかかってなくな っちゃうし、第一森の中なんて歩けないって。これならわかるよね」
 百聞は一見にしかず。物語の生まれた「場所」を歩くと、土地と物語の強い結び付きに新たに気がつくことが多いのです。お菓子の家の魔女からの連想で、次にはドイツの児童文学「小さい魔女」を思い出しました。あの魔女が住んでいる「深い森」っていうのも、きっとこんな森なのでしょう。作者のプロイスラーはチェコスロバキアの生まれですが、「魔女」は、ブロッケン山に魔女達が集まる「ワルプルギスの夜」が重要な出来事として出てくることから見て、きっとドイツが舞台でしょう。
 「小さい魔女」に出てきたドイツの風景や小物」を思い出しながら、さらにずんずん歩きました。魔女がキツネにフランクフルト・ソーセ ージをあげたじゃない?…そういえば栗売りのおじさんを助ける場面もあったけど、あれってここに落ちてるこの栗よね。森のはずれでは、8歳くらいの可愛い男の子の二人組が、大きなビニール袋一杯の栗を二百円ほどで売っていました(平日なのに学校はどうしたのかな?)。一袋買って、おこづかい稼ぎに貢献してあげました。
 その後私達は田舎の村で道に迷い、お腹がぺこぺこになって、小さな教会の塀に座ってその栗を食べることになりました(ドイツの人は栗もくるみと同じように、生で食べるのです)。ドイツの栗には日本の栗と違う強い風味がありました。そうか、これがあの栗売りの売ってた栗ね…。道が判明したのは栗のおかげだったかもしれません。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1995/11,12