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なんて、なつかしい絵本だろう。いつか、どこかで見た風景−−ガタゴトと音のする二両編成の電車や、井戸水をくみ上げる手こぎポンプ、木造校舎、町工場……そうしたものが、この絵本にはぎっしりと詰まっている。 だが、こうした昔日の東京を、僕自身は知らないのだ。少年時代を丸刈りと下駄ばきで過ごしたわけではない僕にとって、この絵本の風景は、「とても おなじ とうきょうの できごととは おもえなかったよ」という、主人公ジュンイチの気持ちに近いものだ。 しかし、この絵本はなつかしい。それは、二人の作者の、生まれ育った場所に対する想いのせいである。東京生まれの二人が、自らの少年時代と、その時間にちりばめられた風景に想いを馳せ、言葉を紡ぎ、絵の具を重ねて、描き出した濃密な気配。それが、読者までをもまき込んでしまうのだろう。 物語に関係する「でいり、すけっと」のみならず、「しもたや、あがりかまち、タンコブ」などの言葉が、文章にはさりげなく使われている。絵の方も、ブルー、グレーを基調にしてノスタルジックな空気をつくり、そして例えば、土手沿いの船に住んでいるおじさんなど、おそらく本当に画家が見たに違いないリアリティーで描かれる。そう、これは、いわば「私絵本」なのだ。主人公を通して開かれる作者たちの思い出は、読者の中でもうひとつの経験となろう。(甲木善久)
産経新聞 1997/01/21
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